狩猟採集民のように走ろう!

狩猟採集民について学びながら、現代社会や人間について考えるブログ

フロムと丸山眞男

本を読んでいると、同じような記述に出合うことがあります。エーリッヒ・フロム『自由からの逃走』(1941)を読んでいて「既視感があるなあ」と思った箇所があります。丸山眞男の「ファシズムの現代的状況」(1949)でした。

人から思考能力を奪うもののたとえです。まずは、フロムから。

暗示的印象的な権威ある声で、政治情勢の重大さを放送したばかりのその同じ放送員が、今度はニュース放送に金を払ったある石鹸の品質のよさを聴衆に吹聴している。ニュース映画では、水雷艇の画面に続いてファッション・ショーの画面がでてくる。(略)われわれは自分の聞いていることに純粋に関係することができなくなる。われわれは興奮することがなくなり、われわれの感情や批判的な判断は妨害され、ついに世界におこっていることがらにたいするわれわれの態度は、平板な無関心な性質のものとなる。(277ページ)

丸山眞男は現代生活は「知性の断片化・細分化」の危機にさらされているとして、その原因はメディアにあると書いています。

一例を挙げますと、ニュース映画などで、最初に、朝鮮戦争でのナバーム弾による凄惨な被害のシーンが出ると、忽ちその次には「今年のパリの流行は」というようなテーマで華やかなファッション・ショウの場面に変る。議会の問答が一寸出るとすぐフット・ボールの試合場面が続くと言った具合です。こういう風に全く無関連な印象を次々と短時間に押しつけられると、一つの事柄について持続的に思考する能力というようなものは段々減退して刹那々々に外部からの感覚的刺激に受動的に反応することだけに神経をつかってしまう。(略)こういう知性のコマギレ化に平衡して、思考なり選択なりの画一化が進行します。

──と、面白がっていたら、丸山眞男はフロムを読んでいたのでした。前のページにフロムの名前も出てきます。巻末の註を見ると、丸山は、"Escape from Freedom" の《イギリス版を読み、そこからの抜書きノートを残している》んだそうです。なあんだ。