狩猟採集民のように走ろう!

狩猟採集民について学びながら、現代社会や人間について考えるブログ

『西太平洋の遠洋航海者』は解説までが読書です

B・マリノフスキ『西太平洋の遠洋航海者』(講談社学術文庫)やっとこさ読了。

人類学の古典でありますが、何度も途中で放りだしては、別の本に浮気していました。

読むのに時間がかかったのは二つ理由があります。まず、島民たちが狩猟採集で暮らすバンドや部族(トライブ)ではなく首長制社会であること。また、彼らが行うクラに関しては、すでにマルセル・モースが『贈与論』(ちくま学芸文庫、1925)やエルマン・R・サーヴィス『民族の世界』(講談社学術文庫、1970年代に発表されたサーヴィスの論考を抄録)などで読んでいるからです。もちろん、マリノフスキの仕事がなければモースやサーヴィスの本はなかったのですが。

★   ★   ★

ブロニスワフ・マリノフスキは1910年代にニューギニアのトロブリアンド諸島で現地民の言葉を習得してフィールドワークし、本書を1922年に公刊しました。

最初の章は、人類学の手法を書いた教科書のようなもので、その手法に従って島民の生活習慣が緻密に記されます。

マリノフスキは「クラ」という不思議な交易を詳しく観察しています。現地民はソウラヴァと呼ばれる首飾りと、ムワリという貝の腕輪を、島から島へとぐるぐると贈り合うのです。もらった側は多くの場合返礼しますが、それは物々交換とは区別されているらしい。

最後に、呪術とクラを西洋人の常識で判断してはならないと、西洋中心主義に警鐘を鳴らしています。

 他人の根本的なものの見方を、尊敬と真の理解を示しながらわれわれのものとし、未開人にたいしてもそのような態度を失わなければ、きっとわれわれ自身のものの見方は広くなる。おのおのの人間の生まれた環境のなかの、狭苦しく閉ざされた慣習、信仰、偏見を捨てなかったならが、ソクラテスのいうような自己自身の認識に達することは不可能だろう、このうえなくだいじなこの問題に、いちばんいい教訓を与えてくれるのは、他人の信仰や価値を、その他人の見方からみさせてくれるような、心の習慣である。(419ページ)

研究者は、自分たちの常識や価値観を真っ白にし、研究対象の未開人になってみる。そうすることで、自己自身の認識に達するのである、くらいの意味でしょうか。未開人を劣った人間とみなして虐殺したり、言葉や宗教を教え込んで同化政策することへの批判にもなっています。

★   ★   ★

『西太平洋の遠洋航海者』はすぐれた一次資料ですが、マリノフスキ自身がクラを詳細に分析しているわけではありません。

巻末の中沢新一による解説は、モースふくめ後年の研究を俯瞰しながら、クラおよび呪術の本質を明らかにしてくれます。

中沢氏は、トロブリアンド諸島出身の作家ジョン・カサイプロヴァの「思考にはリニアと螺旋という、二つのやり方がある」云々という発言を紹介。功利主義的な経済が「リニア=線型」であるなら、非功利的な交換は「ノンリニア=非線型」である、と書きます。

 クラはなによりも冒険である。功利主義が冒険を偉大なものとなすことはできない。功利主義は狭められた目的に向かって進められる。リニア思考にしたがっているからだ。あらゆる冒険は、螺旋型の思考によって突き動かされ、実行され、豊かになし遂げられる。グム[引用者註:螺旋の中心]の中心点からエネルギーが四方に広がっていくように、螺旋型思考はトロブリアンド諸島の人々の心を駆り立てて、西太平洋への危険な航海へと押し出していったのである。(434ページ)

さながら本格推理小説です。マリノフスキが提示した読者への挑戦を中沢氏はスッキリと解いて見せました。

リニアとノンリニア、リニアと螺旋か……。『贈与論』を引っ張りだして眺めていると、こんな文章が見つかりました。《マリノフスキー氏はクラという語を翻訳していないが、それはおそらく環を意味している》(ちくま学芸文庫版、73ページ)。なんと!