狩猟採集民のように走ろう!

狩猟採集民について学びながら、現代社会や人間について考えるブログ

メンタリスト

年収100億か。メンタリストという職業は儲かるらしい。(→「坂上忍ショック DaiGoの驚がく月収にペン投げ出す『やってらんねえな』」デイリー

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大学=エリート層が大学=マス層に変身したのは1960年代後半だと竹内洋は書いています。そのころ大学進学率が15%を越え、卒業しても専門を活かした仕事に就くことが減りました。普通のサラリーマンになる時代が到来したのです。

ハナ肇とクレイジーキャッツ『遺憾に存じます』は1965年のヒット曲。歌詞を見ると、青島幸男のアンテナがどれだけ敏感だったかがわかります。

学生時代は優等生/万能選手で人気者/こんな天才今迄見た事ない/とかなんとか云われたもんだが/今じゃしがねェサラリーマン/コラ又どう云う訳だ/世の中間違っとるよ/誠に遺憾に存じます

ちなみに、官僚用語「遺憾に存じます」は1966年あたりから目立ち始めたと何かの本で読みましたから、その点でも時代を先取りしていたわけです。

70年代安保と相前後して、東京大学にいた教養エリートの権化・丸山眞男が糾弾され、庶民の出身で東京工業大学卒の吉本隆明がスターとなったそうです。ゴールがしがねえサラリーマンなら、専門知を身につけてもしかたない。

さらに1985年──このあたりから私も体感・記憶しているのですが──、埴谷雄高と論争していた吉本隆明を、ビートたけしが茶化したことが、日本の教養のさらなる転機になったと竹内は書いていました。

サブカルチャーがもてはやされ始めた時代です。そのころから「頭の回転がはやい」と言われていた人たちを「頭がいい」と言いはじめたことに私は違和感を覚えました。1989年の東大生のアンケートでは「頭がいいと思う人」の2位がビートたけしだったそうです(1位は夏目漱石)。吉本隆明よりも、ビートたけしが時代を象徴する「頭がいい人」になりました。

大学は学問の府ではなく巨大レジャーランドと化していて、大学生活4年間はモラトリアムだと言われていました。世はバブル。シースポ同好会(シーズンスポーツ同好会)に入り、バイトしてカネ貯めて男女入り乱れてコンパを楽しもう。スキーてん、こく、へ〜。

バブルが崩壊しましたが、まだそれほど深刻ではなかった90年代半ば、テレビで、その場その場の詭弁を繰り返す宗教団体の男が人気を博し、「ああいえばジョーユー」と評されたものです。

そんな時代ですもの、「難問ですね、少し考えさせてください」なんて哲学者はもはや必要ありません。テレビや深夜ラジオを点ければ、マシンガンのように言葉を繰り出す頭のいい人がたくさん出てくるのです。沈思黙考よりも瞬発力です。

加えて、1980年代の中曽根政権から日本は新自由主義へと舵を切っていました。国民のインフラ・国鉄を分割民営化したことで国鉄の労働組合は弱体化し、国労を支持母体としていた日本社会党は弱くなっていきます。

新自由主義では努力(自分への投資)と報酬はガッチリ結びつくと考えられています。格差が拡大し、セーフティネットはどんどん縮小されてます。「自分を磨いてたくさん稼いだ奴が勝ち。負け組は努力が足りなかったのだ」という自己責任論が蔓延しました。これは「頑張れる者は必ず報われる」という日本の通俗道徳といともたやすく結びつきます(実際は、頑張っても運悪く転落する人だっているのに)。

かくして人的資本(ヒューマン・キャピタル)なんて言葉がハバをきかせはじめます。「自分に投資する」とか「資格を取る」とか「ダブルスクール」(大学のほかに専門学校に通う)なんてことを誰彼なく言いはじめ、自己啓発ブームが起きました。

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今や大学は全入時代。偏差値の高い大学に入学する(=資格を得る)ことが一番大事で、次に大切なのは、とにかく卒業することです。大学の成績なんて社会に出て問われることはありません。大学を卒業されたみなさん、「卒論なに書いた?」と質問されたこと、何度ありますか。

その場でガーガーしゃべり続ける人がもてはやされる風潮は続いています。矛盾だらけの橋下徹もまだテレビで重宝されているらしい。オリンピック開会式を見よ、サブカルはメインカルチャーを凌駕しました。テレビのクイズ番組は教養を極限までそぎ落とし、一時期「おバカブーム」というのが流行りました。今では東大生がテレビタレントになってクイズを解いているとか。

ネオリベラリズムも続いています。いつからか、勝ち組/負け組ということが言われ始めました。議論の場でも「マウントを取る」とか「論破する」とか言い、勝ち負けに拘泥する。対立する意見の持ち主がじっくり話し合い、妥協点を求める民主主義的なプロセスは無きがごとしです。

おそらく、稼いだ人は特別な努力をしていると捉えられています。100億稼ぐ(?)メンタリスト氏は、テレビやネットや本で自己啓発と金もうけの秘訣を開陳し、負け組ホームレスを罵りました。生まれるべくして生まれた現代の生き神様です。

さて……私なんぞ、いまだに教養をありがたがるポンコツで、「難問ですね、少し考えさせてください」の人を敬ってしまうんです。金持ちより、資本主義の外に暮らすホームレスに興味がある。ブックオフのビジネス本や自己啓発本コーナーの棚の大きさに驚くたび、自分は時代遅れだと感じます。なにしろここ数ヶ月、丸山眞男ばかり読んでいたんだし。