米田佐夜子・池田恵美子編『『青鞜』を学ぶ人のために』(世界思想社、1999)でもっとも感心した論稿は、吉川豊子「Ⅱ-3 ヒロインとしての「新しい女」」(72ページ〜)でした。私が近代文学専攻だったからでしょう。
「青鞜」創刊前の1908(明41)年、良妻賢母といった女性の立場に反目した平塚らいてう(明子)は、日本女子大学在学中、妻子ある文学士・森田草平と心中未遂を起こします。新聞紙面を賑わせた塩原事件(「煤煙」事件)です。その体験をもとに森田が書いた小説「煤煙」(私は未読)をらいてうは批判しています。
森田草平の師匠・夏目漱石『三四郎』の里見美禰子は、森田『煤煙』の真鍋朋子(平塚明=らいてうがモデル)同様、知的で外国文学や美術に造形が深く、強固な「内面」や「自意識」を持ちます。それは、女子教育が普及し、《高等教育をうける女子大生、新しいライフスタイルを志向する知的女性たちが社会的勢力として台頭し、「女学生」「新しい女」と呼ばれ》、《好奇と揶揄の的になっていた》女性たちを反映していたのだと、吉川氏は指摘します。しかし、美禰子は《恋愛の成就も、作家として自己実現を達成するという夢も遂げることなく、「我はわが愆(とが)を知る」と、自身の過去を「懺悔」して、あっけなく因習的な結婚をする、という結末を迎える》。──そうか、そうでした。何十年も読んでなかったけど、足カックンだった気がする。
『三四郎』の1年前に発表された田山花袋『蒲団』で、作家志望の女子大生・横山芳子が「私は堕落女学生です」と告白します。美禰子の「挫折の物語」と重なるのです。さらに、吉川氏は近代文学者・藤森清を援用しつつ《「堕落女学生物語」とは、「教育によって覚醒した「女学生」の「主体」を封じこめようとする男性の書き手の想像力である」》と書いているのが興味深い。「堕落女学生物語」を編み出す男性の書き手の想像力がもっとも恐れ、排除しようとするのは《「男性中心主義的」な異性愛体制を覆しかねない、完遂されてしまう可能性のある女学生の「主体」の力」》だった。──ハイ、ここ重要。テストに出るよ。[*藤森清「蒲団」(『ジェンダーの日本近代文学』翰林書房1998)はいずれ読みます]
『煤煙』(私は未読)では、作者がことさらヒロイン朋子を「精神異常」だと書くそうです。日本では、《1900年代から、生物学的・生理学的な「性欲」という言葉が西洋の「性科学」用語として語られはじめられ、20年代には通俗化のピークをなした、とのこと。「出産」「育児」「貞操/貞淑」という性行動・性意識を「正常」とし、それを逸脱すると「性倒錯」としたらしい。
《「蒲団」(1907年)によって始めて近代文学の中で用いられ、「自然主義」文学の受容によって普及した「性欲」という語》《を女性に関するセクソロジー言説に結びつけたことにおいて、「煤煙」(1907年)は特筆すべき小説だった。それはヒロイン朋子の「性欲」が、「狂人のような力」として、また「性倒錯」者、「精神異常」者のそれとして男性作家森田草平によって語られたという意味において特筆すべき小説なのである。》
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備忘も兼ねて、長めに引用しました。この論文の素晴らしいところは、当時の作品に潜む女性観を探り当てているところです。私は、学問を研究したり本を読むことは頭の中に大きな地図をつくることだと考えているんです。ところが、日本近代文学研究は、「文学ムラ」の地図だけは獣道まで描くのに、他の学問ムラにつながる道がなかったりするのですよ。だから、日本学術会議に近代日本文学者はほとんどいないはずです。
「青鞜」には、堕胎や売春や貞操など、今でも教育ママが聞いたらキーッとなるような論争が繰り広げられました。女性が「性」に関して発言すること自体がタブーであった戦前ならなおさらです。家父長制、男尊女卑、良妻賢母といったものは誰かが押しつけた価値観にほかなりませんが、しらずしらずその価値観を共有した人は、「新しい女」を危険視し、堕落させ、誰かが決めた「正常」に押し戻そうとしました。
「女は可愛くて馬鹿なほうがいい、男より一歩下がっていてほしい」という意識は現代日本にも生きています(たとえば、みんなが大好きな偏差値に照らして、あなたの知り合いに、女のほうが高学歴な夫婦って何組いるでしょうか)。
女性蔑視の風潮はいまだに身近にあります。「新しい女」を批判した女性論者がいたように、女の敵になる女もいるのです。 徐々にでもいいから、そういう差別心を弱めていかねばなりません。