スティーブン・ピンカーは統計を操作し「人口比で見るとどんどん人殺しは減っている」と言いました。ユヴァル・ノア・ハラリは「大昔から人間の幸福度は一定だ」と主張します。──おそらくそれらは間違いです。定住・農耕を始める前は平等で、財産もないから戦争がなく、現代人よりもっと愉快でした。
ルドガー・ブレグマン『Humankind 希望の歴史』上下巻を読了。
人間の本性は善か悪か。ホッブズ『リヴァイアサン』(1651)で人間の本性を「悪=利己的」と評し、ルソーは『人間不平等起源論』(1755)で「善=利他的」だとホッブズを否定しました。
どうやら、人間はもともと利己的である、という考えが優勢だったようです。アダム・スミスは利己的な経済活動をすれば世の中はよくなると考えました。結果、みんな損得勘定でものを考えるようになり、新自由主義社会になりました。私はどんどん息苦しい世の中になると感じています。みなさんはどうでしょうか。
私は先史時代のレポートを読み、「人間は利他的な社会システムのほうがうまくいく」と考えています。ただし、人間が最初から利他的だったと確信するにはいたりません。ほんとうは誰もが食料を一人占めしたいけど、利他的にふるまったほうが生存に有利なだと悟ったり、誰かが独占している集団は滅びたりした可能性もあるからです。
ところが、著者ブレグマンは私よりずっと積極的に、「人間は利他的である」と断じ、それを証明するために『Humankind 希望の歴史』を書いています。
まず、「人間は放っておくと悪いことをする利己的な動物だ」という研究を否定していきます……スタンフォード監獄実験、ミルグラムの実験、キティ・ジェノヴィーズ事件、割れ窓理論など(スタンフォード監獄実験はインチキだと思いますが、ミルグラムの実験は、私もショックを受け、当ブログに『服従の心理』という記事を書いています)。世間では善行がたくさん行われているのに、ニュースには悪いことをした人たちが日々出てきます。それはノセボ効果(プラセボ効果の逆。思いこみで悪い効果が出ること)を生むのだとも書かれていました。
ただし、ナチスに関する分析はちょっと説得力に欠けます。人がやすやすと為政者に隷従してしまう心理に関しては、もっと考察が必要です。
下巻の途中から、人間が利他的だという事例が紹介されます。1914年のクリスマス休戦、ノルウェーの監獄やティール組織、いろんな自治体の政治やベーシックインカムなど。南アの白人至上主義者と彼が命を狙っていたマンデラとのエピソードは、顔見知りになると関係が変わることを明らかにしています。そう、人類学でも明らかになったとおり、みんな顔見知りに対しては利他的になるのです。
みんながみんな、人は親切で思いやりがあると確信することで世界は逆転できるという著者の信念が感じられました。面白かった。
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ハラリは『Humankind 希望の歴史』に推薦文を寄せ、「わたしの人間観を、一新してくれた本」と書いているんですが、『サピエンス全史』の考えを改めなのかな?