歴史学者・安丸良夫(1934-2016)『日本の近代化と民衆思想』について2度書きます。(政治にも触れざるをえないからまた「読者」が減っちゃう……苦笑)
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勤勉、倹約、謙譲、孝行、忍性、正直、早起き、禁欲、粗食などの徳目を安丸氏は「通俗道徳」と呼びます。民間でむかしから言われていた考え方でしょうけど、それを強化したのは農本主義だと安丸氏は書いています。
江戸後期、荒廃した農村の人々は酒や博奕に溺れていたそうです。それを怠惰のせいだと見た二宮尊徳や大原幽学は、農民の不道徳や不真面目さを反省させ、勤勉や倹約を説きました。しかし、実際のところ、近世後期の農村の荒廃は、封建権力と商業高利貸資本のすさまじい収奪が原因であったのです。市場経済に巻き込まれて困窮する小生産者農民に対して尊徳仕法などのあたらしいイデオロギーを植えつけることは、結果的に権力者の収奪をおおいかくし、ただでさえ疲弊する民衆から楽しみを奪い、労働や倹約を強いることにつながりました。
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ヨーロッパでは、宗教的言論、宗教的集会、宗教的結社としての自由を主張して、言論、集会、結社、思想と信条の自由が獲得されました。
日本の場合はどうでしょう。近代化過程において宗教的異端は黒住教、金光教、天理教、丸山教、大本教などの新宗教でした。しかし、新宗教の教祖の住居はミヤであり、歩行はミユキであり、配偶者はキサキと呼ばれたそうです。つまり、日本の伝統的意識において、神秘的な体験を媒介として宗教的権威が成立すると、現人神天皇のミニチュア版になります。まったく違う世界観はないのです。
安丸良夫は、庶民が信じていたミロク思想を富士講の食行身禄(みろく)行者が変質させたといいます。ミロク思想とは東方浄土から「みろくの船」が米や金をどっさり積んで困窮する庶民の元にやってくるという民間信仰です。ところが身禄は、ミロクとは心の問題であり、真摯な努力によってもたらされる、すなわち通俗道徳のことだと説いたのです。
日本の宗教は根本的に新しい社会を構想できなかったんですね。富士講に影響され、異端とされた丸山教も最終的には通俗道徳を説き、権力に従う道を選びます。
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『日本の近代化と民衆思想』の後半は、一揆などの民衆蜂起について書かれていますが、それは次回に……。
「通俗道徳」は近年日本でも言われる「自己責任論」につながります。「コツコツ勉強して頑張って働けば必ずや成功する。お前が不幸なのは努力を怠ったからだ」という考え方は一面その通りかもしれませんが、病気や事故、親の離婚などなど、本人の与り知らぬ不幸もあります。
通俗道徳=自己責任論の拡がりは権力者にとって都合がよいのです。
松沢裕作『生きづらい明治社会』は「通俗道徳」を紹介しつつ明治および現代日本の社会を解説した本です。岩波ジュニア新書だから平易に書かれているけど内容はヘビーですよ。松沢氏は、弱者救済しない明治政府にとって自己責任論は都合がよかったと書いています。
明治7年の「恤救(じゅっきゅう)規則」には「人民相互の情誼によるべし」(つまり共助すべし)とあり、公助を得られるのは、①障害者、②70歳以上の高齢者、③病人、④13歳以下の児童のうち、働くことができず、極めて貧しく、独り身(一切身寄りがない)である場合に限られていました。どのくらい対象者がいたでしょうか。貧民窟という社会の最下層にいるのに、日雇い労働者や車夫、屑拾い、大道芸人などのワーキングプアは切り捨てられたのです。
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ところで、私は「今も本質的に明治の薩長支配が続いている」と見ています。
菅義偉首相は自民総裁選に際し「自助・共助・公助」と言いました。まず自分で自分を助けよ、その先に共助があり、公助がラストチャンスだなんて、明治政府と同じではありませんか。菅氏だけではありません。毎年年金保険料を払っている国民に、老後のために2,000万円貯めとけといった大臣がいました。コロナ対策について「自粛から自衛へ」と発言した都知事は記者から「自己責任か」と問われ、話をはぐらかしました。
近年推し進めてきた新自由主義政策の結果、非正規の労働者が増えたり、コロナ禍で雇い止めにあった人、ネットカフェ難民などが生まれ格差は広がっています。本来、こういう人に光を当て、セーフティネットを張る──つまり公助の手をさしのべる──のが政府の役割のはず。まず、自助だなんて地獄です。
菅氏自身は薩長土肥の世襲議員ではなく東北の農家の出身だそうです。しかし実家は農家といってもイチゴ農家として成功した豪農だそうですし、郷里は久保田藩の支藩である旧岩田藩らしい。国学者・平田篤胤の影響が強い久保田藩には勤王派が多く、奥羽越列藩同盟に参加せず最終的に新政府側について戦ったのでした。安倍長州政権を引き継いだのが、やはり官軍の末裔・菅政権……。話ができすぎていてちょっと怖い。
食行身禄の生涯↓