L・ヴァン・デル・ポスト『カラハリの失われた世界』(1958)の話をしたところ、ある知人がフィリップ・K・ディック『火星のタイム・スリップ』(1964)に似ていると教えてくださったので、ハヤカワ文庫で読んでみました。若い自分の私はリアリストだったせいか、SF小説に馴染んでこなかったのです。フィリップ・K・ディック作品は『電気羊はアンドロイドの夢を見るか』くらいしか読んでいません。映画『ブレードランナー』の原作ですが、私は小説のほうを評価しています。
『火星のタイム・スリップ』はラストが衝撃的な傑作でした。タイム・スリップってそういう意味だったのか!?
当時の精神分析の研究なども反映されているはずですが、今回はブッシュマン関連のことだけ書きましょう。
断言します。
作中に登場する火星の原住民ブリークマンは、にヴァン・デル・ポストが映像に残してBBCで放映したり、書物に書き残したブッシュマンをモデルにしているのです。フィリップ・K・ディックは1961年に発表された『狩猟民の心』(私は未読)も読んでいたのではないかろうか? 「飼いならされたブリークマン」という表現が何度か出てきます。私は好ましいとは感じませんが、伝統的な生活をやめ白人に仕える人びとを「飼いならされたブッシュマン」と記述することがあるんです。ヴァン・デル・ポストも『狩猟民の心』でその表現を用いているようです。
『火星のタイム・スリップ』の半ばで、地球から来た主人公の父親がこう言います
《「あれが火星人なのか……先住民の黒人か、アフリカのブッシュマンのようだな」》(208ページ)
ブリークマンは卵を水筒にしていますが、『カラハリの失われた世界』のブッシュマンはダチョウの卵に水を入れます。BBCで放映された番組には、撮影を終えて帰路につくヴァン・デル・ポストに、小さな女の子が水が入ったダチョウの卵をプレゼントするシーンがあります。やらせというか演出でしょうけど。
物語のポイントとなるブリークマンの聖なる山「汚れた瘤」は、『カラハリの失われた世界』でも重要なポイントとなる「すべり山」です。飼い慣らされたブッシュマンに案内されて著者ヴァン・デル・ポストはすべり山に行き(おそらくは実体験ではなく創作でしょうけど)、さまざまな超常現象を体験します。すべり山は、いまは観光地になっているツォディロ・ヒルズと思われます。
不思議なのは、両作の関係やブッシュマンとブリークマンについて言及したひとがいないことです。英語でも検索してみましたが、探し方が悪いのかヒットしません。