狩猟採集民のように走ろう!

狩猟採集民について学びながら、現代社会や人間について考えるブログ

柄谷行人「児童の発見」

みなさんは義務教育を疑ったことがありますか?

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人類学の常識と思われますが、狩猟採集民は子供と大人は区別されません。ちいさな子は小さな弓を持って小動物を獲ったり、より小さな子の世話をしたり、だんだん大きくなると狩猟や採集についていき生活の知恵を身につけるのです。国家が彼らを管理し、学校に行かせようとしても、多くの子供はやめてしまいます。農耕が始まっても同じこと。農家のちいさな子は子守りなどの役目をもつ、労働力のひとつでした。

つまり、どこかで「子供」は「大人」から分割されたのです。

年末のあれこれもせず、書棚に見つけた柄谷行人『日本近代文学の起源』を引っ張り出してパラパラめくりました(私が読んだのは講談社文芸文庫なのですが、岩波現代文庫をリンクしました)。タイトルどおり、文学について書いてありますが、そもそも文学は社会を反映していますから、日本社会を俯瞰しながら文学論が展開されます。

収録された六編のなかで、とくに有名な「児童の発見」を読み直しました。柄谷氏は、ヴァン・デン・ベルクやミシェル・フーコーを援用し、「子供」が日本の近代に生まれたことを明らかにします。

 明治三年に、小学校規則と徴兵規則が定められ、同五年には「学制頒布」と「徴兵令公布」がなされる。明治の革命政権がまっさきに実行した政策がこの二つだったということは興味深い。

また、民俗学者の柳田国男が農村の子供について書かれた文章を引用しつつ、

(略)近代日本の「義務教育」が、子供を「年齢別」にまとめてしまうことによって、従来の生産関係・諸階級・協同体に具体的に属していた子供を抽象的・均質的なものとして引き抜くということを意味したということである。

と書いています。

「児童」が明治初期に「発見」されたのち、明治後期に小川未明が児童文学を書き、子供向けオモチャができ、児童心理学が生まれます。本稿に書かれていませんが、鈴木三重吉らにより「童謡」が誕生したのは大正期です。(学校では文部省唱歌が歌われていましたが、あれは四拍子を叩き込むことで軍隊式行進を上達するためだった、と武智鉄二が『伝統と断絶』に書いていました。)

柄谷氏は、「子供」と「大人」が分断するところで、ふたつを結ぶ「青年期」が生じ、「成熟」という問題が生じた、と書きます。そうか、個人史というのも一種の進歩史観なのかもしれませんね。ちなみに「成熟」という観念がもたらした文学史的な転換は「ロマン主義」だそうです。

近年、「発達障害」という単語をよく耳にします。「自閉症、アスペルガー症候群その他の広汎性発達障害、学習障害、注意欠陥多動性障害、その他これに類する脳機能障害であってその症状が通常低年齢において発現するもの」と定義されているようです。人間は顔や声や背の高さがみんな違うように、脳が同じように成長するわけではなかろうし、人々の性質が多種多様であるほうが集団の存続には有利だと思われます。どう考えても、学校の均質性に合致しない子を「発達障害」としているように感じられてなりません。

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フィリップ・アリエス『〈子供〉の誕生──アンシャン・レジーム期の子供と家族生活』に触れてないのが不思議でしたが、「児童の発見」本文にアリエスの名前が出てきません。いま検索したら、アリエスの本は1960年にフランスで刊行され、邦訳が出たのは1980年。柄谷「児童の発見」の初出は「群像」1980年新年号(つまり書かれたのは前年)ですから読んでなかった可能性がありますね。

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 『近代日本文学の起源』は近代を語るには前近代と比較しなければならないことや、常識を批判的思考する意義などを教えてくれます。

30年くらい前のこと。会社員時代に、何人かで連れ立ってとある有名な学者さん(先生はこの秋に立派な勲章をもらっていました)と南の島に行ったことがあります。先生はその島の人たちとフィールドワークしていたんです。村の人たちはまだ近代化されてなく、学校に行かない子供もいました。

村の人数十人と無人島に渡り、一泊しました。その夜、彼らが歓迎の宴を開いてくれたのは忘れられません。歌と踊りでわれわれをもてなしてくれました。

宴会の数時間前のこと。一夜限りの小屋を立てたり、魚を捕ったり、村人は全員働いていました。三、四歳に見える小さな子たちまで貝を拾ったりして、何かしら働いています。浜辺に立って眺めながら、この社会は大人と子供の区別がなく全員が共同に働くんだ、と柄谷氏の論稿を思い出して私は感動していると、隣でみんなの様子を見ていた先生が、「『児童の発見』だね」とおっしゃいました。

定本 日本近代文学の起源 (岩波現代文庫)

定本 日本近代文学の起源 (岩波現代文庫)

  • 作者:柄谷 行人
  • 発売日: 2008/10/16
  • メディア: 文庫