『ブッシュマン、永遠に。』

積ン読本から田中二郎『ブッシュマン、永遠に。』を取り出しました。

たまたまですが、南米の狩猟採集民のレポートを読む機会が多く、アフリカに縁遠くなっております(ムブティ・ピグミーについて書かれた船尾修『循環と共存の森から』くらいです)。

ブッシュマン、永遠(とわ)に。―変容を迫られるアフリカの狩猟採集民

ブッシュマン、永遠(とわ)に。―変容を迫られるアフリカの狩猟採集民

 

カラハリ砂漠のカデ地区に暮らすブッシュマンを研究してきた著者が自身の研究を振り返ったエッセイでした。1960年代から約40年の調査をしてきた田中氏はアフリカ研究を後輩に託して大学を去りました。2006年のアフリカ訪問が最後になるだろう、と書かれています。後進の研究者はさまざまなテーマでアフリカ研究に取り組んでいるようです。

1930年くらいに、ブッシュマンはコイサン人として広く知られることになりました。とはいえ、コイコイ人(ホッテントット)とサン人(ブッシュマン)は同列には懸隔がありました。前者が遊牧民だったのに対し、後者は狩猟採集民だったのです。

田中氏が初めて訪ねたときの彼らの社会は、このブログを読んで下さる皆さんにはお馴染みの、絵に画いたような平和な暮らしでした。平等分配をし、所有物が少なく、労働時間は短く、男女共同参画社会で、自然と共生していました。

ところが、1980年前後から、彼らの暮らしは変貌を余儀なくされます。ボツワナ政府が彼らに干渉しはじめたのです。定住化が始まり、1998年、ついに彼らは新しい村(ニューカデ)に追いやられました。そのことで人口集中が始まり、社会的軋轢が増え、飲酒の機会が増え、盗みや暴力が横行し、社会の平和と秩序が脅かされていると言います。学校ではツワナ語と英語が教えられ、母語と文化が失われていくのです。それでもなお、《彼らなりの流儀で、したたかに適応を遂げ続け、二一世紀のブッシュマン世界を構築していくにちがいないと、わたしは思うのである》と田中氏は締め括っていました。

さて。いつもの脱線です。

狩猟採集民は将来に対する蓄財などという概念はありません。そのへんに食べるものがあるのですから、その日暮らしです。大きな獲物があれば、食べ尽くすまで働きません。カレンダーをつくって種まきや収穫の日付を確認したり6日働いて1日休む農耕民の計画性もなければ、朝に家畜を放牧して夕方戻ってくる牧畜民の時間感覚もありません。

そんな彼らが定住し始めて、賃金や援助などで金銭を得たらどうするか? 昼夜を問わず、有り金はたいて飲み続けるのです。アルコール耐性がないからすぐに酔い、泥棒とともにもっとも重い罪である暴力沙汰を起こすのだそうです。

だんだんコントロールできるようになればいいのですが。

もうひとつ雑談。

1980年代、『ミラクル・ワールド ブッシュマン』という映画があり、コメディとしてもそこそこ楽しんだ記憶があります。いま考えれば、狩猟採集生活と文明社会の本質を衝いていましたね。クリック音を多用するブッシュマンの言語が懐かしい。

著者は、映画の主役を演じたニカウさんと出会ったそうで、ツーショット写真が出てきます。ニカウさんは映画スターとは思えぬ、つましい暮らしぶりだったそうです。彼は人気が出て来日しました。北海道の動物王国に行ったとき、雪が冷たかったのが思い出だったと言ったそうです。2003年に亡くなりました。