『密林の語り部』──すばらしい小説でした。魂がブルブル震えましたわ。
書店や古本屋を眺めていて狩猟採集民や先住民族に関する本を見つけたら、つい購入して部屋の棚に挿しておくんです。昨日、出かけるときに、「何か読む物を……」と引き抜いたのが、この岩波文庫。乗り物のなかで開いたら、いきなりグッと引きこまれ、止まらなくなりました。
半分くらい読んだところで、「いったい誰の小説だろう?」とカバーを見ると、バルガス=リョサでした。ペルーの作家で、ノーベル文学賞を授賞しています。誰が書いた本か確認せず150ページ読んだのは初めてかも。ファンになりそう。
1950年代から始まる、アマゾンの未開人マチゲンガ族と、「私」と、「私」の大学時代の友人サウル・スラータスの物語です。
サウルは顔半分に痣のあるユダヤ人でした。サウルがマチゲンガ族に心酔し、「私」に向かって熱弁をふるうところに共感してしまいました。わかる〜。
白人に虐げられるマチゲンガ族はジャングルの奥地に移動して原初的な生活を続けました。おそらく純粋な善意から、彼らにキリスト教を教え、近代化させたい白人たちもいますが、サウルは、未開人はそのままでいるべきだと「私」に主張し、姿を消します。西欧中心主義、白人中心主義的な考え方からサウルが自由だったのは、彼が放浪・移民の民ユダヤ人だったためでもあるのでしょう。
どの社会にも、多くの社会には、森羅万象を合理的にとらえようとする自由な空想力があります。地球は丸くなくてもいいし、雷や地震や生命の神秘を科学の力で説明しなきゃならないわけでもない。もちろん一神教である必要などありません。(*追記=「どの社会にも」と書いたのは修正します。このあとで知ったピダハン族には創世記や神話がなかったのです)
マチゲンガ族は、口承により何百年も何千年も彼らの世の中の秩序と知識を伝えてきました。タスリンチと呼ばれる善い神または神に等しい存在の賢者(だと思うんですよ、たぶん)の知識や、セリピガリと呼ばれる呪術師らの知恵を、集落から集落へと放浪して伝える「語り部」に、人々は耳を傾けます。白人が聴くと退屈で居眠りしてしまうけど、部族の人たちにとっては世界と自分を識る大切な話なのです。カフカ『変身』や西欧社会の神までが未開社会の神話的に変容し一体化するところには痺れました。
われわれの身近なところでは、先住民アイヌが日本政府の同化政策に遭い、あるいは殺され、多くの言葉、文化、技術を失いました。豊穣な先史社会を近代化させてしまった文明の力を、私は呪っているのです。一生忘れられない本となるでしょう。
マチゲンガ族は実在します。その話は、またいずれ。