狩猟採集民のように走ろう!

狩猟採集民について学びながら、現代社会や人間について考えるブログ

島田雅彦『パンとサーカス』

島田雅彦『パンとサーカス』読了。550ページの長編エンタテイメント小説でした。作品に書かれたテロリズムが安倍晋三元首相の銃殺を連想させるのか、事件後、よく読まれているらしい。

パンとサーカスとは、2世紀に書かれたユウェナリスの諷刺に由来します。食べ物(パン)と見世物(サーカス)を与えられたローマ市民は政治に無関心になり、結果、為政者が腐敗して暴政をはたらきました。同じような言葉に、3S政策があります。映像(Screen)とスポーツ(Sports)と性欲(Sex)を与えておけば愚民は満足し、政治家は好き勝手できるという……。

小説内の日本は、無能な世襲政治家・犬養仁首相がアメリカの言いなりになっています(干支の動物が入った苗字の登場人物は、日本を売り渡し、国民を搾取する悪い奴です)。施政方針も、国会ではなく日米合同委員会の場で、CIAのジャパンハンドラーが決定しているのです。有権者はぼんやりしていて全く気づきません。

──官僚は秘密を守り、国会議員は知らないふりをし、国民は無関心でいてくれるので、アメリカの軍人さんは感謝してもしきれないでしょうね。

この腐った世界の敵(コントラ・ムンディ)たらんとするのは、ヤクザの息子・火箱空也と空也の無二の友人でCIAの一員になる御影寵児。そして、空也の腹違いの妹で、まるで聖母のごとき桜田マリアです。彼らが決行する「世直し」は、腐り果てた日本を浄化することができるのでしょうか。

後半登場するネットの仮想空間「イソノミア(ノールール=無支配を意味する)」では、多くの人が自由に発言し、情報交換しています。主要人物たちはイソノミアを足がかりに世直しを進め、ある老人から得た資金で同時多発テロを計画します……。

この小説のすごさは、アメリカに永続占領を誓った現実の日本を真正面から描いているところです。日米で交わされた密約では日本の国家主権が制限されています(たとえば、アメリカは日本のどこにでも自由に基地を作ることができます)。本来、日本国憲法はすべての法律の上位にあり、天皇はじめ権力者は憲法に則って仕事をしなければなりません。ところが、日米合同委員会が憲法や国会より上位にあるのが現実です。仮にアメリカの決定に楯突く総理大臣がいたら首をすげ替えられる(たとえば、アメリカを飛び越えて日中の国交正常化をなし遂げた田中角栄はロッキード事件で失脚しました)……と孫崎享が分析しています。「そんなバカな」と感じる方は、文末に挙げた本を当たって見てください。

年末、岸田政権は、軍備費を2倍にして役に立たないミサイルを買うという重大決定を下しました。国会を一切通していません。仮にアメリカの要請を拒否したら辞任に追い込まれたでしょう。

自公政権の政治に怒る人たちはたくさんいますが、その何倍もの市民は居眠りしているのではないでしょうか。以下の『パンとサーカス』の文章は、私の認識と同じです。

 限られた少数者の利益に奉仕する政権を、利益に与(あずか)れない多数者が支持するという茶番がもう何十年も続いていた。「絶対多数のアホが突然賢くなることはない」と多くの知識人は諦めている。デモに参加することさえ躊躇する一般市民が反乱や暴動に加担することはない。逆にその取り締まりを強化しろと主張するに違いない。自らの手で自由を勝ち取ろうとするより、政府に服従するから、見返りをくれという者の数が圧倒的に多い。自由よりも管理の徹底を求める自発的服従者から見れば、内部告発者も悪政の批判者もテロリストも皆、等しく反逆者だ。

平等な狩猟採集社会を知ってから、私は人がやすやすと他人に服従する現代社会が不思議でならず、気になる本を読んでいます。有権者は為政者を監視し、おかしいと思ったら、デモや署名や投書やツイートなどで声を上げるべきなのです。投票にも行かなければなりません。「黙っていることは共犯である」(サルトル)

大多数が反抗しない日本では、受験も就職活動も経験せずコネと財力で生きてきた世襲政治家が、東大を出たエリート官僚をコントロールしています。税金はいろんなところをグルグルまわり、しまいには政治家や取り巻きの政商や富裕層やアメリカの軍産複合体の懐に落ちていく。今や五公五民と言われる重税の時代なのに庶民は一揆を起こさず、誰かから借りてきた言葉を吐きます。「野党は批判ばかりだし」なんてね。

国会中継の視聴率が10パーセントになるなんて奇跡は起きますまい。頭のいい人は社会を改善すべく思索してほしいものですが、東大生はテレビでクイズを解いている。世も末です。

『パンとサーカス』内の社会とイソノミアはパラレルワールドの関係にあります。今日の日本の現実社会と『パンとサーカス』もパラレルワールドです。むやみに混同するのはよくないけど、せめて読んだ人は今の日本の惨状を考えてくれないかなあ。

(この本を読んだどぶろっくの江口が、ラジオで島田雅彦に「僕たちは何をしたらいいんでしょう」と質問してたっけ)

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以下は、併せて読みたい本。フィクションではありません。