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稲田豊史『映画を早送りで観る人たち』

稲田豊史『映画を早送りで観る人たち ファスト映画・ネタバレ──コンテンツ消費の現在形(光文社新書)を読みました。興味深いことが山盛りでしたが、少々気疲れしました。

著者・稲田氏はライター、コラムニスト。もともとキネマ旬報社にいた方で、過去の著作を見るとサブカルに強い人らしい。

コスパ&タイパの若者たち

2021年12月、稲田氏が講師をやっている青山学院大学の2〜4年生128人を対象にアンケートをとったところ、「普段、映像作品を倍速視聴(早送り)しますか」という質問に「よくする」「ときどきする」と答えた学生は、65%超でした。「あなたは普段、映像作品を10秒飛ばし(何秒かのスキップを)しながら観ますか?」の質問に対し、「よくする」「ときどきする」が計75%超でした。

早送りの傾向は若いほど顕著だというアンケート結果も明示されています。

彼らは、コストパフォーマンス、タイムパフォーマンスの良さを重視します。作品はコンテンツとなり、鑑賞は消費と認識しているようです。先に結末を知ってから消費する価値ありと判断したコンテンツを観る。難しいものを観るのは面倒だから全部説明してほしい。わからないものはつまらない。好きな物語を推し活するのを好むがそれを貶されるのを嫌う。したがって制作サイドも、説明過多で予定調和的な作品を作る……。

音楽も同様で、長いイントロなどは飛ばされるのため、サビから入る曲が増えているのだとか。スポーツ観戦は嫌い。推しが負けることがあるから。

生まれたときからスマホを持っていることもあるのでしょう。スマホアプリで目的地までの最短距離を検索し、廻り道を嫌う。だから彼らは「これさえ知っていれば成功する」と一直線のゴールに進む方法を語る人を尊敬してしまう。

私のようなおっさんは「映画やドラマを早送りするなんて、内容が理解できないし、製作者へのリスペクトが足りない💢」とつい小言を言いたくなりますが、事情は複雑です。

関東圏の私大9校の大学新入生を調査してみると、仕送りから家賃を引いた平均金額は、1990年に最高73,800円だったのに対し、2020年は18,200円に激減したそうです。生活費のためバイトに勤しむことになるうえ、昔より授業は出欠に厳しいため、可処分仕送りと可処分時間はとても少ない。追い打ちをかけるように、LINEグループではオススメコンテンツがどんどん流れてくるので、安い娯楽であるサブスクで、飛ばしながら視聴して話を合わせるというわけです。

思えば、世の中コスパ、コスパ、コスパ……

ここからは、私個人の考えです。

コスパ&タイパは、今の行きすぎた資本主義社会を反映しているように見えます。

世間は、資格をとったりキャリアを積んで人的資本を高めろと言い、働く人を人「材」とモノ呼ばわりし、女は「産む機械」、同性愛者は「生産性がない」と政治家に言われ、即戦力を生まない文系は要らないと言い、政府はいつ成果が出るかわからない基礎研究に金をかけません。安い労働力を得て最大の黒字を生むため、非正規雇用や外国人材を採用するシステムをつくります。

全部、コスパじゃねえか。どいつもこいつも損得勘定。チーン。

こんな日本に誰がしたのかといえば、与党政治家と官僚と富裕層です。

コスパ社会を是認する人々が増えていくと、社会は変わりません。もしも、Z世代と呼ばれる若者の半分くらいがコスパ思考で、今後も増えていくのだとすると、日本は沈没するでしょう。「最近の若者は『恋愛はコスパが悪い』と言うんだよ」と宮台真司先生がよく嘆いています。

コスパを意識し、損得を考えるのは利己的発想です。利他は損得勘定をしません。

先のオリンピックのサッカーU-24で、こんなことがありました。日本が対戦する南アフリカの選手がコロナ陽性者となったときのこと、久保建英選手が、「僕らにとってマイナスではない。僕らに陽性者が出ていたらマイナスですけど、いまのところゼロなので、自分たちのことに集中したい。こんなこと言っていいか分からないですけど、損ではない。自分たちのことにフォーカスしたい」と発言したのです。(→サッカーダイジェストWeb

なぜ、ひとが病気になったのに損得勘定をするのか、私は開いた口がポカ〜ンと閉口しました。もしかすると、久保選手もコスパでものを考えるのかもしれません。

最後に、小咄を。

「どうかなさいましたか」
「すみません、道に迷ってしまって。あの、駅はどこでしょうか」
「あちらに歩いて突き当たりを右に曲がり、二つ目の信号を左折すると駅が見えますよ」
「ご親切にありがとうございます。助かりました」
「…………になります」
「は?」
「税込み550円になります」

           チーン。