狩猟採集民のように走ろう!

狩猟採集民について学びながら、現代社会や人間について考えるブログ

『ホモ・エコノミクス』

雨がやんだらロードバイクに乗ろうと思っていたのに、重田園江『ホモ・エコノミクス──「利己的人間」の思想史(ちくま新書)を開いたら面白く、読了してしまいました。政治・経済の説明の合間に挟まれる著者のつぶやき(嘆き?)がいい味出してます。

ちなみに、帯に使われたのはジャン=レオン・ジェローム作「ディオゲネス」という絵画です。ディオゲネスは、富や名声を否定し、樽のなかに暮らしたという古代ギリシャの哲人です。アレクサンドロス大王に「何か欲しいものはないか」と問われ、「日陰になるのでそこをどいてください」と答えたエピソード、どこかで聞きました。

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富を追いかける人間=ホモ・エコノミクスとはなんだろうと、書店でパラパラ立ち読みしたところ、経済オンチの私にもビシビシ訴えるものがあり、即購入した本です。

中世ヨーロッパのキリスト教社会では富は汚いものとされ、儲け主義の商人は蔑視されていたのだとか。しかし都市化や交易が盛んになるにしたがい、富に対する考えは変容せざるをえません。「富」と「徳」は長くせめぎ合っていたが、ついに「富」に軍配が上がりました。ホモ・エコノミクスの時代が到来したのです。

経済学の歴史は18世紀後半からスタートします。いろんな学派がさまざまな理論を唱え、数学などを援用しはじめたことなどが綴られます。政治学者である著者が、厖大な資料を渉猟したことが窺えますが、詳しくは本をお読みください。

そして現在。われわれは、利己的な資本主義が招いた、新自由主義の危機的状況を生きています。利己的なホモ・エコノミクスたちがコスパ重視で社会を回しています。具体例として、日本の大学改革が暗礁に乗り上げていることや、緑の革命が効率的な農業と引き換えに環境を破壊し途上国から搾取していることなどが挙げられていました。(経済学の方法が政治嫌いを生んだというコリン・ヘイの本はいつか読まねば)

人間は利己的なものだというホッブズ的な近代の人間観を擁護し、私利私欲が経済を支配した結果、悲惨な状況が生じた現状を手際よく整理し、批判した1冊でした。

では、利他的な人間観に基づく経済モデルはあるのか?──私は、平等分配の狩猟採集社会や、マルセル・モース『贈与論』に書かれた首長制社会のクラやポトラッチについての話をしたくなります。著者もどうやら未開社会を射程に捉えていたようですが、あとがきで《一つ残念なのは、人類学的な視座からのヨーロッパ近代資本主義についての批判的議論に、ほとんど言及できなかったことだ》と書かれていました。次著でぜひお願いします!

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ここからは長い蛇足。

昔から金勘定ばかりしたり、自分がよければよい、みたいな人や考えは苦手でした。むかしの子供向けドラマやアニメには、左翼的なスタッフがたくさんいたのか、「お金で買えないものもある」というセリフが頻繁に登場しました。それに影響された可能性も否定しません。

経済に関する、今さら聞けない疑問はいくつかあるんです。たとえぱ、「節約しなさい」という道徳訓がある一方で「消費をしなければ経済が回らない。金を使え」と言われるのは矛盾しています。「経済成長」という単語も不思議でした。成長し続け、人口増え続けて、地球はどうなるの?

日本のバブルははじけましたが、小泉政権あたりから新自由主義的な風潮がハッキリしてきました。人から分捕って稼ぐが勝ち。現代は損得勘定が最優先。費用対効果つまりコスパですべての価値が決まります。

巷では、勝ち組らしい人たちが後輩の拝金主義者に向かって楽して儲ける秘密を動画や書籍で公開しています。なんて親切な人たちでしょう。私は無視していますけど。

人間は人間であって資本やコストではありません。ところが、「人材」「人的資本」「生産性」なんて言葉が跋扈しています。

最近起きたいくつかの事故・事件を見てみましょう。知床遊覧船の事故も過度なコストカットが生んだ悲劇かもしれないと噂されています。秀岳館高校サッカー部の問題は、スポーツ強豪校になることで校名を宣伝し志望者を増やす戦略の弊害でないとはいえますまい。吉野家の幹部だかが問題発言をしたのは早稲田大の社会人向けビジネス講座だそうですが、なぜアカデミズムがビジネスの話をするかといえば、政府が「大学は助成金に頼らず企業みたいに稼げ」と言うからでしょう。コスパ・コスパ・コスパ……

数年前、狩猟採集生活のレポートを読み、資本主義の「外」があることに驚きました。たった数百年の市場経済のなかに生きてきた私は知らず知らず資本主義の価値観に飼い慣らされていたのです。未開社会の人たちは、色のついたペラペラな紙を巡って狂騒している人々を不思議がるはずです。

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今回紹介した本にはマルクスはほとんど登場しませんけど、斎藤幸平『人新世の「資本論」』に共感した方は面白く読めると思います。