将棋の話/大山時代から藤井時代まで

2月11〜12日にかけて指された第72期王将戦七番勝負第4局、藤井聡太四冠が渡辺明三冠にストレート勝ちし、王将位を手にしました。これで五冠です。ちなみに、藤井のもつタイトルは、竜王、王位、叡王、王将、棋聖。現在、タイトルは8つあり、あとの3つは渡辺明がもつ名人・棋王と、永瀬拓矢がもつ王座です。

過去、五冠を達成した棋士は4人。

  • 大山康晴(五冠すべてを制覇。1963〜65年度)
  • 中原誠(六冠あるうち五冠。1977年度)
  • 羽生善治(七冠のうち五冠。1994年度に七冠すべて制覇)
  • 藤井聡太(八冠のうち五冠。2021年度に達成)

実力制名人戦が始まった1937年以降、将棋界に「なになに時代」があるとすると、木村義雄時代→大山康晴時代→中原誠時代→羽生善治時代、そしてたぶん、藤井聡太時代が始まったところです。たとえば、中原時代と羽生時代の間に谷川浩司たちが、羽生時代と藤井時代の間に渡辺明たちが活躍しましたが、将棋の歴史を高い位置から俯瞰すると、谷川や渡辺は戦国時代に目立った強者であり、将棋界そのものを制したとはいえない気がするんです。(→Wikipedia「将棋のタイトル在位者一覧」

今月4日、51歳の羽生善治九段がA級(名人挑戦を争う10人のリーグ)から陥落。名人もしくはA級に在籍したのは連続29期でした。中原誠も連続29期でA級から降級したのは52歳。逆に、B級1組に在籍している藤井聡太は3月9日の最終戦次第でA級に昇級する目があります。

ここ半世紀くらい、将棋界がどのように変遷したか、ざっと概観してみましょう。

芸道の時代

以前は、いくらタイトルを獲っても名人でなければ真のチャンピオンにあらず、という風潮がありました。13期連続(通算18期)名人に君臨した大山康晴を1972年に倒し、中原誠時代が始まります。中原は名人位に通算15期就いています。

私が将棋に興味を持ったのはまさに中原時代が始まったころです。当時はA級棋士に個性的な棋士が多かった。豪放磊落な升田幸三、大名人・大山、奇行で知られる加藤一二三、歌手デビューした内藤國雄、内藤のライバル有吉道夫、真剣師(賭け将棋)からプロに転向した花村元司、正座を崩さない原田康夫、のちに藤井聡太が孫弟子となる板谷進……。

当時、将棋は芸道であり、指し手には全人格が反映されるという精神論が横行していました。飲む打つ買うも芸のうちと、将棋雑誌などに書かれていたのです。中原の最大ライバル・米長は千人斬りまであと何人、なんてありましたね。知らんがな。

戦法は、居飛車とくに矢倉が正攻法とされました。米長は「矢倉は将棋の純文学」といってたっけ。知らんがな。振り飛車や序盤の角換わりは邪道とされました。私はたまたま初めて買ったのが大山康晴の三間飛車の解説本でしたから、振り飛車党でした。

1980年(昭和55年)に四段デビューした谷川浩司たち「花の55年組」が80年代半ばに活躍します。谷川が中原から名人を奪ったのは1983年春。55年組は上の世代よりも真面目で謙虚でしたが、のちにどこかで谷川が述懐していたとおり、将棋に対する価値観は前の世代の延長線上にありました。

「将棋は単なるゲーム」の時代

1990年前後に羽生世代が登場します。十代のころから、羽生はもちろん、森内俊之、佐藤康光らが先輩棋士たちを吹っ飛ばしていきました。そんな羽生世代は「チャイルドブランド」「勝負に拘泥しすぎる」「劣勢なのに粘りに粘って逆転するのは将棋の美学に反する」などと先輩たちからバッシングされたもんです。

羽生は、「将棋はゲーム」と断言。人生経験など関係なく、計算で解けるボードゲームであると言い放ったのです。また、書籍『羽生の頭脳』シリーズは、それまでの中途半端な定跡書と違い、突き詰めた研究手順を示しました。研究や考え方を積極的に公開することで、周囲のレベルも高めたのは確実です。いろんな戦法を指しこなし、相手の得意戦法で戦って勝つという点でも、羽生は画期的な棋士でした。羽生世代と呼ばれる棋士たちが羽生とタイトルを競いました。

1996年、羽生は七冠すべてを制覇し、羽生フィーバーが起きます。

「名人はタイトル戦のひとつ」とも羽生は言ったはずです。そんなふうに過去の価値観を壊していきました(ちなみに、1988年に誕生した竜王戦が、契約金が高いことから名人戦より格上となっていました)。

2001年、将棋倶楽部24という無料対戦サイトが誕生します。一度獲得した段位・級位は、その後弱くなっても下がりませんが、将棋倶楽部24はレーティングでシビアに実力をはじき出します。ネット将棋の普及は、とくにアマチュアの実力を底上げしました。地方あるいは外国にいても同じレベルの対局者を見つけて稽古できますし、ハンドルネームでプロ棋士も参加していました。一時期現れて勝ちまくった伝説のdcsyhi(みんなデクシと読んでいました。羽生のHNと噂されています)とか、面白かったなあ。

人間がAIソフトと戦う時代

2004年、羽生世代の一画を崩し、渡辺明が竜王に就いたころ、将棋ソフトの実力も上がってきました。

チェス界では、1997年にIBM製ディープ・ブルーが世界王者ガルリ・カスパロフを破りましたが、「持ち駒を使える日本の将棋は複雑だから、永遠にプロ棋士はソフトに負けない」なんて信じられていたのです、と遠い目をする私。1996年『将棋年鑑』でのアンケート「コンピューターがプロ棋士を負かす日は?」に、羽生は「2015年」、森内俊之は「2010年」と回答。米長将棋連盟会長は「永遠になし」でした。

2005年、保木邦仁が開発した「Bonanza」は、それまでのソフトと違い、ビッグ・データによる評価値の解析や、全幅検索(意味のない手まで、読めるだけ読む)という発想の転換で、将棋ソフトの歴史を変えました。ちなみに、保木氏自身は将棋は強くないそうです。

2005年に行われた公開対局で、橋本崇載五段(当時)があるソフトに負けそうになったのをきっかけとして、日本将棋連盟が公開対局の禁止令を出します。その後、プロ棋士とAIの対局はイベント(商業)化されましたが、2015年頃には、ソフトのみならずCPUの高速化もあいまって、プロ棋士を凌駕していることは誰の目にも明らかでした。パソコンは詰む・詰まないに関してはずいぶん前から人間を越えていますし、錯覚もしません。疲労やプレッシャーとも無縁です。2017年、時の名人・佐藤天彦はソフトに2戦全敗しましたが、順当に負けた感じで、私は悔しさすらなかったのでした。

ところで、将棋よりも複雑なゲームである囲碁のAIソフトはどうか? Google DeepMind社が開発したコンピュータ囲碁プログラム「AlphaGo」は、2015年にヨーロッパ王者を破ったあとも進化を続けます。2016年、韓国の李世乭(イ・セドル)に、2017年、中国の柯潔をそれぞれ破りました。その後、人間の棋譜や定跡を一切知らない状態で、AlphaGo同士が2900万回対戦し、最強プログラムになったと報じられました。驚いたことに、AlphaGoの棋譜を見ても、人間には理解できないのだそうです。李世乭は、「たとえ私がナンバーワンになったとしても、打ち負かせないものが存在する」「囲碁界にAIがデビューしたことで、たとえ私が1番になっても、トップではないことが分かった」と言って2019年に引退してしまいました。

人間がAIソフトと共進化する時代

藤井聡太がプロ(四段)になったのは、2016年10月。史上最年少、14歳2ヶ月のデビューでした。2015年3月、藤井は、プロ棋士も参加する詰将棋選手権において、小学6年生(奨励会二段)で優勝しています。もともと図抜けた「読む力」を持っていました彼は、AIによる学習を取り入れ、どんどん強くなっていきます。

研究方法について「将棋世界」2022年3月号には、こうあります。※[ ]内は引用者註。

 ではディープラーニング系のソフトを研究に用いている理由が何なのか。
[藤井聡太]「理解度を深めることが主眼です。局面を分解して、評価値の推移を比較しています」。例えば似た局面でも端歩のわずかな違いなどで評価値が変わってくることがある。そういうサンプルを収集して、整理するために用いているのだ。(10ページ)

──普段の将棋の勉強法をお聞かせください。
[藤井聡太]「最近は自宅で取り組むことが多いです。その中では自分の指した将棋を振り返ったり、ソフトと対局したりはしています。ただ、ソフトと対局すると展開が偏りがちなのて、互角局面集を使ったり、ソフト側の設定を変えたりなど、試行錯誤しているところです」
   (略)
──具体的にどのように[指し手のミスを]振り返られるのでしょうか。
「ソフトを使ってということが多いです。自分の頭でミスをしたことはわかるのですが、なぜミスをしてしまったのかはすぐにはわからないので、ソフトの読み筋や自分の読み筋を合わせながら判断しています」(24〜26ページ)

56ちゃいの古い人間はビックリしちゃいます。ソフトを利用して感覚を微調整しているということでしょうね。「トップ棋士がソフトなんかに負けるか」と意地を張っていた時代から、「ソフトを利用して強くなる」に時代は移ったのです。

よく「コンピュータに職業を奪われる」と警鐘を鳴らす人がいますが、「コンピュータを利用して幸せになる」方法を考えてもらいたいものです。

体調を崩したり酒や女に溺れない限り、しばらく藤井聡太の時代が続くはずです。藤井の学習法で強くなる若手が早く現れないものか。羽生に、谷川、森内、佐藤康光、藤井猛、深浦康市、渡辺明などのライバルがいたように、藤井聡太の行く手を阻む好敵手が現れますように。

もう一言書くなら、今の棋士はみんなお行儀が良すぎます。40年前のA級棋士のように、個性と個性のぶつかり合いを見たいものです。