狩猟採集民のように走ろう!

狩猟採集民について学びながら、現代社会や人間について考えるブログ

『ぼくはお金を使わずに生きることにした』

毎夜、絶世の美女とエッチして生気を吸い取られていく男。変だと思った第三者が覗いて見ると、男と一緒にいるのは亡霊となった女の腐乱死体であった……なんて怪談ありますよね。

人が狂ったように欲しがるお金。しかし、大昔の人からすれば、紙幣はうすっぺらい紙にきれいな絵が描かれているだけです。狩猟採集民から見れば、お金に群がる人は亡霊に取り憑かれたように見えるでしょう。だって紙幣も硬貨も食えないんだもの。

★   ★   ★

書店で『ぼくはお金を使わずに生きることにした』という本を見つけました。カバーに印刷されたこの人、ネットで見かけたな、本が出たんだ、と購入しましたが、あとで奥付を見たら2011年に邦訳が出ていて、16刷なのでした。原著は2010年刊とのこと。

1年間、お金をつかわずに生活しようと決めた、イギリス(アイルランド出身)のマーク・ボイルの体験談です。金なし生活を始めたのは30歳になる前の2008年。若いころの私は、彼のような考えはまったく浮かばなかったなあ

彼はカーボンニュートラル、脱資本主義をめざしています。ヴィーガン(厳格な菜食主義者)でもありました。文中に『森の生活』にも触れていますが、ソローが書いたような孤独で静的・思索的な生き方ではなく、より多く人と接して助け合いました。スーパーが廃棄する食品、採集・栽培した植物などで食事を得て、必要なものは拾ったりシェアしています。住まいにしたトレーラーハウスは、無銭生活を始める前に、マッチングサイトでタダで譲り受けたもの。もちろん1年間停めたままです。

フリースキルのつどいというのがまた興味深い。みんなが持っている知恵や技術を教え合うのも、なるほど、シェアです。ビールやパンの作り方とか、キノコから紙やインクができるとか、ビックリする話がたくさんあります。

ひと月4万円で暮らす『「山奥ニート」やってます』などにも共通しますが、搾取されながら働いて稼いで消費するサイクルから抜け出して仲間たちと和気藹々やっていれば、狩猟採集民の考え方と似てくるのです。当たり前です。気心の知れた人たちは「あいつから幾ら搾取してやろうか」なんて思いません。

オーストラリアの億万長者カール・ラベダーは、300万ポンド相当の全財産を寄付したとそうで、理由を聞かれて、こう語えたといいます。

 お金とは非生産的で幸福をはばむものです。長いこと、裕福になればなるほど幸せになれると信じていました。私が育った家庭はたいへん貧しかったので、懸命に働いてより多くの物を手にしなければならないと教えられ、長年その価値観に従ってきたのです。でも、だんだんと内なる声を無視できなくなってきました。「こんなぜいたくや消費はもう終わりにして、本当の人生を始めるんだ。欲しくもない、必要すらない物のために、奴隷になって働いているみたいじゃないか。

人々が狂ったように求める貨幣が亡霊だと気づいてしまったんですね。経済学者リチャード・イースタリンは豊かになっても幸福にならないことを「消費主義のルームランナー」と呼んでいるそうです。ハムスターが回し車を懸命にまわしているようなもんです。へとへとになるけど、1ミリも先に進んでいません。

★   ★   ★

消費しないと経済がまわらないなんて変な話です。しかも、店やネットで買う商品は誰かを搾取して作られるものです。「その柄、流行遅れよ。今年のトレンドはこれなのよ」って言われて、まだ着られる服を捨ててお店に走るだなんて本質的にまったく間違っています。

資本主義そのものがおかしいのです。私はいきなりお金なしでは生きていけませんが、環境保護や人間共生のためにも、資本主義の外を経験した人から生活のヒントを得たいと思っています。