狩猟採集民のように走ろう!

狩猟採集民について学びながら、現代社会や人間について考えるブログ

『スエロは洞窟で暮らすことにした』

メンタリストの差別発言

どうやらテレビでは有名人らしいメンタリスト──メンタリストってなに? 最初はメダリストの間違いだと思ってました──なる人物の差別発言が話題になりました。メンタリストって職業は稼げるらしい。資本主義の強者として次のような身勝手な論理をふりかざします。

《「ホームレスの命はどうでもいい」などと、路上生活者や生活保護受給者を差別する発言をした。》《「自分にとって必要のない命は僕にとって軽いんで。だからホームレスの命はどうでもいい。いない方が良くない? 邪魔だしさ、プラスになんないしさ、臭いしさ、治安悪くなるしさ。もともと人間は自分たちの群れにそぐわない、群れ全体の利益にそぐわない人間を処刑して生きている。犯罪者を殺すのだって同じ》なんだそうです。(→毎日新聞

人の命に軽重があるだなんて……。現代日本社会の大前提「人権」を否定してしまったメンタリスト氏。先人たちが何百年も考え苦労して積み上げた大切な人間の権利を「論破」したつもりだったのかもしれませんけど、結果は見えています。いろいろザツです。日本の教育が失敗したのでしょう。

《もともと人間は自分たちの群れにそぐわない、群れ全体の利益にそぐわない人間を処刑して生きている》ってなんですか?

原初の社会を続けているといわれる狩猟採集民は処刑なんてしませんよ。リーダーも階層も差別もない。移動しなきゃならないから財産もない。もしも「群れ全体の利益にそぐわない人間を処刑」する社会があれば、「やだよ」ってみんなちりぢりになってしまいます。

20世紀の人類学が明らかにしたことを短く書けば次のとおりです。

もともと人間は全員ホームレス。集団の全員と平等分配しながら生きていた

近代国家は勝ち組が全部持っていこうとするので、権力者は高所得者からたくさん税金をとって再配分すべきなのです。ところが、残念なことに今は新自由主義。政府は再配分をせず、金持ちがより儲け、庶民はケツの毛まで抜かれます。メンタリストはそれを良しとしています。

私はといえば、そんな行きすぎた資本主義に抵抗すべく、資本主義の周縁もしくは外の世界で生きる人びとを参考に、脱成長・反資本主義の生き方を方法を模索しているところです。ホームレスは当然、参考にすべき人びとです。

スエロは洞窟で暮らすことにした

マーク・サンディーン『スエロは洞窟で暮らすことにした』(紀伊國屋書店)を読みました。ダニエル・スエロという、お金を使わずにユタ州で暮らす人物の半生記です(現在は年老いた母親と同居し、毎月必要なお金を少し使っているらしい)。少し前に紹介したマーク・ボイル『ぼくはお金を使わずに生きることにした』(紀伊國屋書店)でスエロを知りました(2冊とも、訳者は吉田奈緒子さんという方です)。

無銭生活をするにいたった劇的な道程についてはぜひ本を読んでください。スエロは決して偏屈な男ではありません。他人と親しく交流し、ボランティアやバイトもいます。食べるものは、草や果物、轢かれた動物。フリーガン(スーパーの廃棄食品を漁る社会運動)もしていますし、仲間からご馳走になることもあります。

カネを使っていたころは、スエロも年金や保険、住民税、老後の不安などを抱えていたと言います。紙幣やコインは紙と鉱物であり、その価値は幻想にすぎないのに。

金銭への隷属から逃れるには、誰かが最初の一歩を踏み出す必要がある」と決意したのは西暦2000年のこと。最後に持っていた30ドルを電話ボックスに置いて背を向けました。それから彼は、直線的な未来の時間感覚から解放されて「いま」の連続を生き、シンプルに衣食住のことだけを考えているといいます。

人間と違い、自然界にバーターは存在しないのです。主は《「捕食動物も獲物も報復の意識など持ちあわせず、やり返したりしない。返済や負債は宇宙の領域に属することがらであって、ここの生物がどうこうする問題ではない」》と言いました。それなのに、《われわれ人間は、返済と負債とを神々から盗み出した。私たちはもはや無償で与えたり無償で受けとったりできない》とスエロは嘆きます。

資本主義はモノだけでなく、公共物やあらゆるサービスにまで値札をつけました。あなたがレストランを3時間手伝う代わりにランチを得たとしましょう。そこに金銭が介在すれば、時給3時間分とランチの金額を交互に眺めて、「店とあなたのどちらが得をしたか」を算出できます。得をしたほうは「いつか◎◎円分を返さなきゃ」と精神的負担を覚えるかもしれません。しかし、スエロの暮らしにはカネがありませんから、そんな心理とは無縁です。《返済や負債は宇宙の領域に属する》のです。

彼の行動は脱炭素社会、貨幣制度への持続的抵抗などにも通じますが、もっとも重要なのは「自由への地図を描いたこと」だと著者は書いていました。リーマンショックでさえ彼の生活にほとんど影響しません。

「お金が過去のものとなる時代がいつか来る」とスエロは言う。「(略)どこの社会にも、きわめて資本主義的なこの国にさえ、共同生活はすでに存在している。“分かちあい” という名でね。幼稚園で習ったことさ。それにみがきをかけて、われわれの利己的な社会体制を自然死させなくてはいけない」

キリスト教原理主義者だったスエロは自分がゲイであることに気づき、苦しんだ過去があります。LGBTには生産性がないと書いた国会議員や、ホームレスの命は軽いと言ったメンタリストからすれば、生産性のない軽い命かもしれません。でもね、差別主義者がなんと言おうと、現代人に一生つきまとう損得勘定を捨てたスエロに私はあこがれるのです。

 とうとう彼は理解した。「どこにいるかは問題でない。どこにいようと、そこが私の家だ

なんと、彼はホームフルなのでした。