狩猟採集民のように走ろう!

狩猟採集民について学びながら、現代社会や人間について考えるブログ

感謝するな?……メモ

健康ジョグ程度には走っています。寒いですねえ。ちょっと他にまとめて原稿を書いているので、キーボードを叩いているわりにはブログを更新していません。以前、『隠された奴隷制』(集英社新書)のなかに印象的な話があったんですけど、書き漏らしていたようなので、ここにメモしておきます。『負債論』読まなきゃなあ……。

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『隠された奴隷制』に紹介されるデヴィッド・グレーバー『負債論』の話です。

人類学者キャロライン・ハンフリーは、あらゆる民族誌に、単純で純粋な物々交換が出てないとし、まして物々交換から貨幣が発生したことはないと断じ、スミスの『国富論』以来の常識を覆しました。彼女は、仮想貨幣(virtual money)が最初にあり、硬貨はずっとあとにでき、歴史的に見れば、物々交換は現金取引に馴れた人が通貨不足に直面したときに現れる、と言います。

仮想貨幣(virtual money)とはなんでしょうか。グレーバーによると「抽象的な尺度単位」であり、「貨幣 token」ははるかあとになって出現したものだそうです。では、《貨幣が尺度にすぎないなら、それはなにを測定するのか? 答えは単純だ。負債である。一枚の硬貨とは実質的に借用証書(IOU)なのである》

グレーバーは、文明の初発に存在するのは負債を負い、返すということであったといいます。その負債を量的に計算する必要から生まれたのが貨幣だった。

さらに、負債は奴隷制に結びつくという。

グレーバーは、探検家・人類学者ピーター・フロイヘンのイヌイット社会でのエピソードを紹介しているそうです。

セイウチ猟に失敗し、腹を空かせたフロイヘンに、イヌイット男性が数百ポンドの肉を持ってきてくれました。フロイヘンが何度も礼を言うと、その男は憤然として抗議しました。

「人間だから、われわれは助け合うのだ。それに対して礼をいわれるのは好まない。今日わたしがうるものを、明日はあなたがうるかもしれない。この地でわれわれがよくいうのは、贈与は奴隷をつくり、鞭が犬をつくる、ということだ」

グレーバーは、これを「負債」つまり「貸し借り」の関係だと理解しています。イヌイットが批判して拒絶したのは、肉を受け取ることにより恩義を感じ、負い目を感じ、負債を返さねばならないと思うこと、らしい。

 これに似た貸しと借りの計算の拒絶は平等主義的な狩猟社会についての人類学文献全般にみいだされる。狩猟民は経済的計算の能力ゆえにみずからを人間であると考えるかわりに、そのような打算の拒絶、だれがなにをだれに与えたか計算したり記憶することの拒絶に真に人間であることのしるしがあると主張した。それ[貸借計算]をしてしまえば、「力と力を比較し、測定し、計算すること」をはじめてしまう世界、負債を通じてたがいを奴隷あるいは犬に還元しはじめる世界を形成していまう。

狩猟採集民の生活に、「ありがとう」「ごめんなさい」などの言葉がないというのはよく聞く話です。そこにこんな壮大な理由があるとは。 

隠された奴隷制 (集英社新書)

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  • 作者:植村邦彦
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