狩猟採集民のように走ろう!

狩猟採集民について学びながら、現代社会や人間について考えるブログ

『オカルト化する日本の教育』より。

年末、原田実『オカルト化する日本の教育』(ちくま新書)をザーッと読みました。

江戸しぐさや親学(シンガクじゃなくて、おやガクと読むんですね)などの創作された伝統を広めて教育現場にまで持ち込もうとする日本会議ら保守勢力や、彼らの抱く陰謀論を紹介した一冊です。全体的にはおおむね知っていることの再確認でありました。原田氏には『江戸しぐさの正体』『江戸しぐさの終焉』などの著書もあります。

『オカルト化する日本の教育』の本題は当ブログとは関係ないので詳しく触れませんけど、アメリカ先住民の「創られた伝統」は気になったのでメモしておきます。

《一九七〇年代、文明社会が忘れ去った叡智が先住民文化で継承されている、あるいは、先住民文化は文明社会と違って自然と調和したエコロジカルなものだった、という概念が欧米で急速に広まって》いったそうです。《その時期には、アメリカ白人社会の側にも、アメリカ先住民を殺害し、土地を奪い、文化を破壊したことへの贖罪意識も芽生えてきた。さらに環境汚染や資源枯渇による人類の危機が叫ばれるうちに、その危機を既成の文明の限界ととらえ、先住民文化にはそれを乗り越えるための叡智が秘められているという主張もさかんに出てくるようになった。その悔悟、白人社会側のそうした期待に応える方向での「伝統」の見直しも行われた。》と書いたうえで、原田氏は何冊かの、ベストセラーになった「偽書」を挙げています。

◉カルロス・カスタネダ『ドン・ファンの教え』
アメリカの文化人類学者カルロス・カスタネダ『ドン・ファンの教え』(1968)は、ヤキ族の呪術師ドン・ファンの言葉を紹介し、70〜80年代の精神世界ブームをもたらしたそうです。《ところが現在では「ドン・ファンノ教え」はカスタネダのフィクションであり、ドン・ファンは架空の人物であることが判明している。カスタネダはドン・ファンと共にヤキ族呪術者の「伝統」をも捏造していたのである》。私はこの本は読んだことありませんけど、ずいぶん前に、ある有名な学者が引用していたのを記憶しています。

◉アサ・アール・カーター『リトル・トリー』
チェロキー族出身の人物が少年時代を回想したという自叙伝『リトル・トリー』(1976)は世界的ベストセラーになったそうで、カバーのイラストが印象的な日本語版は私もよく覚えています。しかし、《実際の作者はアメリカ先住民どころか白人至上主義・人種差別論者のアサ・アール・カーターであることは一九九一年には明らかにされていたが、その事実がこの書籍の評価に影響するには長い時間を要した》とあります。

◉ロバート・リチャード・ヒエロニムス『アメリカ国璽の秘密』
《ビジュアル・アーチストのロバート・リチャード・ヒエロニムス(一九三四〜)は、一九八九年の著書》『アメリカ国璽の秘密』で、《アメリカ合衆国の民主主義・平等思想・連邦制度はアメリカ先住民がコロンブス到来以前から構成していた部族連合・クロクォイ同盟に起源すると主張》するとともに《同様の思想は西欧の秘密結社によっても伝承されていた》と言うそうです。西欧の「伝統」とアメリカ先住民の「伝統」がたまたま合致していたということでしょうか。少々無理筋です。

◉『アメリカインディアンの教え』
《アメリカ先住民をありがたる風潮は当然、日本にも波及している。一九九〇年にはドロシー・ロー・ノルト(一九二四から二〇〇五)の詩 “Children Learn What They Live” が、 『アメリカインディアンの教え』という表題で邦訳されてベストセラーになっているが、その内容はアメリカ先住民と関係ない。

──原田氏によれば、「江戸しぐさ」はアメリカ先住民を江戸の人たちに置き換えることで歴史を捏造しました。私はACジャパンのコマーシャルで江戸しぐさを見て、山口晃さんのイラストに感心しましたけど、あれが江戸時代の作法だなんて信じなかった。一過性の啓発CMと思ったのです。だから、のちに教科書に載ると知り、腰を抜かしました。しかし、あれを信じている人は、創作だと教わってもこう擁護するのです。「ウソだって、結果的に大切なことを説いているんだからいいんじゃない?」って。これは前述の『ドン・ファンの教え』を庇う人の論法と同じらしい。

江戸しぐさが説く《共有・互助・共生、そして自然に従うエコロジカルな発想、これらはアメリカ先住民の文化・思想を称賛する際によく使われる表現でもある》そうです。

脱線。アメリカ先住民の話ではないので本書には出てきませんが、一時期売れたエーリッヒ・ショイルマン『パパラギ』(1920、邦訳1982)もドイツ人による創作でした。ヨーロッパを訪ねたサモアの酋長が、島民に向かって西洋の印象を聞かせる体裁です。

コロンブス到達時にはすでにアメリカ先住民は首長制社会の段階にあったはず。狩猟採集生活をターゲットとする本ブログではあまり扱いません。

でもね、《共有・互助・共生、そして自然に従うエコロジカルな発想》と見ると、私は首長社会よりも狩猟採集社会を思い浮かべるのです。もちろん私は、彼らの生活を捏造してまで賛美するのではなく、文化人類学者のたしかなレポートを参考に科学的に学んでいるつもりです。したがって、狩猟採集社会に不都合なことがあれば書いていきます。

《縄文人に学ぶ豊かな暮らし》とか《アイヌ民族の生活の知恵》なんて本、ありそうですね。それを創作かどうか見極める目も必要です。

オカルト化する日本の教育 (ちくま新書)

オカルト化する日本の教育 (ちくま新書)

  • 作者:原田 実
  • 出版社/メーカー: 筑摩書房
  • 発売日: 2018/06/06
  • メディア: 新書