狩猟採集民のように走ろう!

狩猟採集民について学びながら、現代社会や人間について考えるブログ

センバツ高校野球を見て

3月30日、高校野球を見ようとテレビを点けました。昼食の準備をしながら遠目に画面を見ると、サヨナラホームランで勝った近江高校がグラウンドから去るところ。あれ、どうしたんでしょうか、近江の背番号1が足をひきずっています。ネットの情報を綜合すると、5回に打席に立った山田陽翔投手が左足首に死球を受け、アイシングとテーピングで応急処置、11回170球を投げ抜いたとのこと。リンクの記事(→スポニチ2022/3/30)によれば──

多賀章仁監督は試合後、「もう本当に何回も山田には感動させられて…すごい男やなってのは今まで何回も見て来たんですけど、死球受けてから彼の気迫の投球にベンチで涙が止まらなかった。球数もいってましたし、このまま投げさせていていいのかなっていう、僕が決断せないかんという気持ちと、でも山田が本当に気迫の投球をしてくれてたんで…すごい男やと思います。もう感動しました、本当に」と涙を流しながら、エースの投球を称えた。

いやはや……。ほかの記事(→日テレニュース2022/3/30)を読むと、山田投手は《試合後、いすに座ってインタビューを受け》、《「痛みはあるので、あす(31日)の決勝に備えてしっかり治したいなと思います」と話し「投げさせてもらえるなら投げたい」と意欲を見せ》たとのこと。

高校野球ファンも山田投手の覇気に感動して涙を浮かべたかもしれませんが、私は、ネットメディアが彼の活躍を美談として報じていることに驚いています。狂っているぞ、高校野球。

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先日、書棚をあさったときに、有山輝夫『高校野球と日本人』(吉川弘文館)を見つけたので、試合後、ざっと読み直しました。高校野球の草創期から戦前の歴史をまとめた1冊です。

明治にベースボールが伝わり、旧制第一高等学校[東大の前身]のエリート学生が武士道精神の修業として試合をしました。楽しいスポーツ「ベースボール」は、日本で「野球」になった当初から堅苦しい武道に変質したわけです。丸坊主・軍隊式・精神論的な高校野球の素地ができていたことになります。(ちなみに、「野球」という訳語の生みの親は正岡子規と言われますが、一高の卒業生・中馬庚[ちゅうまん・かなえ]が正しいらしい)。

野球は全国の中学に伝わり、1915年、大阪朝日新聞が高校野球の前身を開催、のちに大阪毎日新聞が春の選抜大会を考案しました。いずれも、新聞社、鉄道会社、後年ラジオなどが高校野球人気を利用して稼ぐ《功利的娯楽的ホンネ》が隠された大会でしたが、タテマエは《犠牲的精神、敢闘精神、精神主義といった武士道野球》でありました。1920〜30年にかけて、若者の野球は精神主義・自己犠牲的集団主義をともなう軍国社会の一部となります。現在の高校野球はさすがに国威発揚に使われることはありませんが、本質的な部分は《戦後も引き継がれ》ました。

メディアによる《野球美談》は、すでに1915年の第1回大会から語られていたようです。戦後も、限界以上に頑張ったことを美談に仕立てますが、多投で将来を棒に振った投手は枚挙に暇がありません。監督が「明日も行けるか」と言えば、高校生は「行けます」と言うでしょう。本当は、潰れるまで頑張る投手を抑えるのが監督はじめ大人の役目であり、それを怠った場合、批判するのはメディアであるはずなのに。

感動資本主義なのですよ、甲子園は。選手の賢明なプレーで観客を喜ばせ、誰かが儲けているのです。主役であるはずの選手たちは無償なのに。(一部の選手は、自分のプレーをアピールして大学野球部にスカウトされたりプロで稼ぐことができますが)

観客や視聴者にも責任の一端はあるといえましょう。視聴率を上げ、素直に「感動をありがとう」とツイートすることで、あちこちにカネが落ちることに無自覚すぎます。強豪校は校名を宣伝して生徒を確保できるため、全国から選手をスカウトしてきます。監督はキャリアを積み上げます。多くの場合、選手の未来に対する責任は問われません。

近江の監督、将来ある投手が選手生命を賭けている姿を見てベンチで泣いてる場合ですか? 山田投手は明日は絶対に休んでください。資本主義の食い物にならないで。

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高校野球の投球制限問題で、私が以前からあたためているアイデアがあります。

──負かした高校から投手を借りる方式

です。夏の大会であれば、地方予選の準決勝と決勝で負かしたチームから、エースを一人ずつ借りられることにするのです。もちろん借りてきた投手は先発できず球数制限も厳しいのですが、一人の投手の負担は劇的に軽減されます。

負かした(殺した)チームから人を借りるなんて武士道精神に悖る? いやいや、将棋では、相手の捕虜を自軍の駒として戦うではありませんか。