私、学生時代勉強しなかったので、恥ずかしながら2年間も浪人したのです。2年目にやっと頑張ることにして、広島市内に安アパートを借り、勉強をはじめました。テレビはなく、唯一あった電化製品はラジオだけでした。最初の2、3か月は部屋に籠もり、インスタント食品や弁当を食べながらせっせとシャープペンシルを走らせたもんです。
ある日のこと。自分が無意識のうちにラジオと会話していることに気づき、我ながら驚きました。ラジオから流れてくる話に「ウソだろ〜」とか「なるほど、そうなのか」なんて反応しているんです。この1週間、誰かと話したっけ……思い出せるのは、せいぜい弁当屋で「唐揚げ弁当ください」と言ったことくらいでした。
このままだとおかしくなるな、と心配になり、アルバイトを始めました。週3、4回、たしか4時間ビアガーデンで働いたんです。バイトのあと仲間と短時間お酒を飲むこともあります。夏の夜はときどき広島市民球場に行きました。試合終盤に入り口に行き、「入ってもええ?」と係員に囁くと、こちらを見ずに軽く頷いてくれるんですよ。その年のカープは、とくにタイガースとの試合で打ち合いが多く、7回くらいに入っても充分楽しめました。
夏休み前にバイトを辞め、9月からは前年に通っていた予備校に入りました。年下だらけの予備校のクラスメートとはそのうち打ち解けました。私はアパートで自習するほうが多かったんですけど、たまに仲間と息抜きするために予備校に行ったものです。
★
それから約35年後。今年9月6日の話です。夕方、ジョギングに出ました。長くてだんだん傾斜がきつくなる坂道を登ったあと右折。一気に下り、最近行ってないT大学あたりを走ってみました。小さな川沿いを走れば人は確実に少ないんですけど、飲食店の様子などを眺めるために大通りを選択しました。
いやはや、若者の多いことといったら!
歩道をカップルやグループがうろうろしていて、抜くのが難しいくらいです。人気のある飲食店の前には行列ができています。もう少し閑散としていると予想していたのでビックリしました。20代にコロナ感染者が多いというのもなんとなくわかります。多摩川の河川敷では若者が連日花火をやっていますしね。
とはいえ、彼らを「家に籠もっていろ」なんて言う気は一切ないんです。
その大学のHPを見るとオンライン授業のようです。終日、アパートに一人でじっとしていたらつまらないでしょう。大学周辺にある飲食店も干上がりますし。
心配なのは1年生です。私はラジオと話していた浪人時代を思い出します。実家を離れて一人暮らしをはじめた学生のなかには、友だちもできず、孤立している人もいるんじゃないでしょうか。今夏は実家に帰れなかったかもしれません。大学は金銭面はもちろん精神面でも学生をケアしてほしい。
人間、ひとりでは生きていけないんですよ。