前々回、オリンピックは光ばかりではないと書きました。影の部分をもうひとつ。
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船尾修『循環と共存の森から 狩猟採集民ムブティ・ピグミーの知恵』(新評論)にこんなことが書かれています。
──ピグミーが住むアフリカの森がタイの業者によって伐採されるかもしれないという噂が流れてきた。著者もピグミーも(読者の私も)そんなことはさせたくない。狩猟採集民と動植物が生態系を保ちながら暮らす森なのです。しかし、と著者は書きます。日本も、東南アジアから大量に木材を輸入し、原始的な生活を営む人びとの森を奪っているのだ。
私はハッとして本を置き、部屋のなかの木製製品や家具を眺めました。
むかし仕事で京都で北山杉に関する取材をしたさい、安い輸入木材に太刀打ちできない、と伺いました。北山杉も原価はさほどでもないんですが、流通過程で高くなってしまうとのこと。輸入木材は1964年(東京オリンピックの年)に完全自由化されました。1955年に94%だった木材自給率は現在は32%だそうです。林業が衰退すると山林の管理がおろそかになり、災害を引き起こすことにもなります。
さて。新国立競技場の木材について書きたいのです。
《新国立競技場を「国産木材の利用による世界に誇れるスタジアム」として世界に発信していくためには、「すべての日本人が心を1つにするナショナルスタジアムにする」(隈氏)との判断から、日本全国から木材を調達することを決めた。軒庇は、スタジアムの方位に応じて、北側から南側にかけて、北海道、東北、関東、中部、近畿、中国、四国、九州、沖縄地方の木材を使用する。/エントランスゲートの軒には、北側と東側ゲートは東日本大震災で被災した岩手、宮城、福島の各県の木材を、南側ゲートは熊本地震で被災した熊本県の木材を使う。/材種はスギ(沖縄はリュウキュウマツ)とし、軒庇とエントランスゲートの軒に使う全木材は持続可能な管理が行われているとして認定を受けた森林認証材を使用。各都道府県での調達量は、1自治体当たり1.5-3m3。合計145m3となる。このうち、被災県については4県で40m3となる。》
……ほう。47都道府県の木材を使った、と最近もどこかで読みました。
国内の材木は、見えるところに使われているのでしょう。いわば「光」。
では、「影」とはなにか。
《2017年5月、「熱帯材の使用を直ちに中止してほしい」と声をあげたのが、ボルネオ島の先住民族プナンの人々だった。世界中から14万件以上の賛同署名が集まり、支援団体によってスイスとドイツの日本大使館に届けられた。》
なんてことだ。
我々はたった数週間のお祭りのために、伐ってはならない森林の木材を大量に輸入してしまったのです。そしてそれらを見えない部分に使用した。私は頭を抱えました。森はプナンと人びとや動植物にとって必要不可欠なものです。
ボルネオの先住民族なんて知らねえよと思う方は、ぜひ半狩猟採集民(1980年頃までは移動型の狩猟採集生活だった)プナン族をフィールドワークした人類学者・奥野克己の『ありがとうもごめんなさいもいらない森の民と暮らして人類学者が考えたこと』を読んで下さい。彼らの生活の雰囲気さえわかれば、少しは共感できるかもしれません。
最後まで言おう。
東京オリンピック反対。