糖質に関するちょっとした疑問。

 こないだふと思ったんです。
 イヌイットはかつてアザラシの肉ばかり食べていました(今はもっといろんなものを食べていると聞きます)。渡辺信幸さんという方は、MEC食(Meet、Egg、Cheese)だけで野菜も食べないそうです。中野瑞樹さんという方は、何年もフルーツだけで生活されているフルータリアンだとか。私にはにわかに信じられませんが、青汁だけで生活する森美智代さんて方もいらっしゃいます。

 では、白米だけで暮らしている人はいないのでしょうか。
 私の知り合いは、金がなかったころ、実家から送ったもらった米を炊き、塩をかけて食べていたそうです。20代の頃です。すると、1ヶ月も経たないうちに具合が悪くなり、病院で栄養失調と診断されたそうです。

 タンパク質だけ食べるとか、フルーツだけ食べるとか、一見偏った食生活では、少なくとも数年単位で身体に大きな変調が表れない(長期的にはどうなるかわからない)のに、炭水化物のみの生活は短期間で具合が悪くなるのです。
 火を使う前の人間が摂っていた炭水化物は果物やハチミツくらいでしょう。必須炭水化物なんてないのだから、べつに食べなくてもいいのではないかな、と考えています。穀物や麵を私は1日1食くらい食べますけど、夜は抜いているし、しばらく米を炊いていません。砂糖の入ったものは基本的に摂りません。
 それでも今のところ無事に生きてます。

フルーツ酵素ダイエット (エイムック 2839)

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都議選、藤井聡太四段……2017/7/2日

 都議選の投票に行ったあと、夕方ランスタート。5kmおきに給水休憩と称し、藤井聡太四段が30連勝を賭けて戦う将棋を眺めました。難敵・佐々木勇気五段の機敏な仕掛けに苦労しています。なにか絞り出さなきゃ押されてしまう局面が続いていました。
 あまり時間がなく、本日は22.5kmで終了。
 シャワーを浴び、白黒つくのを待ちます。都議選ではなく、藤井四段のほうです。ちなみに都議選は、自民が予想以上の完敗という感じ。最近の国会中継で与党のひどい答弁を見てイライラしている私はある種の痛快を感じないわけじゃないのですが、自民から流れた票の受け皿が、公明党と選挙協力した都民ファーストというのは新たな頭痛の種です。
 藤井四段、残念ながら投了しました。佐々木五段が見事でした。
 しかしまあ、昨年12月24日のデビュー以来、半年以上も負けなかったことはすごいことです。14歳の彼が将棋界を牽引したといっても過言ではありません。まだまだ勝ち続けるはず。一息つくひまなく、6日(木)にも対局が組まれています。

サニブラウン選手の走り方


 私は山縣亮太選手の追っかけなんですが、今回の日本陸上選手権は、予選の走りを見て調子が悪そうだったので、大阪・長居行きはやめました。足首の故障がまだ影響しているんじゃないかと思います。
 100m決勝はテレビで見ました。10秒0台の記録をもつ選手が5人もいるなんて、とても豪華なレースです。サニブラウン選手の成長ぶりに驚きました。山縣選手は残念でしたが、きちんと調整して国内のレースでがんばってください。
 リンクの動画をじっくり見ればわかりますが、正面から観察すると、サニブラウン選手は、誰よりも身体をS字状にくねらせて走っています。別の情報によると、海外で体幹トレーニングすることで、この動きをしても軸がブレにくくなっているんだそうです。
 S字の動きは短距離のみならず中長距離でもアフリカ系の選手に多いという印象です。この動き、体側の一方が伸びているときに逆側は縮んでいます。筋肉の話をすれば、伸びている体側の大腰筋は緊張し、逆側は弛緩しています。
 支持脚に体重がのって地面反力を得られる、ということもあるでしょう。また、からだをS字に使うことにより大腰筋の伸張 - 短縮サイクル(ストレッチショートニングサイクル)を利用しているんじゃないかと思うのです。キックした足が後ろに流れる瞬間、同じ側の体側が伸び、足と背骨にまたがる大腰筋が伸張します。筋肉は伸びると反射的に短縮し、足が戻ってくる……。
 高岡尚司さんがおっしゃる上半身の台形の動き(右側の肩と骨盤のラインが伸びているとき、左側が縮んでいる状態)は、サニブラウン選手のS字のことだと思ってます。

ゼロベースランニング 走りの常識を変える!  フォームをリセットする!

ゼロベースランニング 走りの常識を変える! フォームをリセットする!

 

藤井聡太四段、29連勝。

 6月26日は、藤井聡太四段の対増田康宏四段戦、ネットで観戦していました。
 最年少プロの記録を更新した藤井四段14歳。AmebaTV の企画(非公式戦)あたりから指し手の正確さに驚き、注目しています。

 対増田四段戦は、藤井四段にとっては29連勝を賭けた竜王戦本戦トーナメントでした。新四段がここまで勝ち上がることだけで快挙なのに、デビュー以来他棋戦も負けてないなんて……。
 お昼どきなど、ワイドショーも見ましたよ。いまじゃ野球中継さえほとんど見なくなった私をテレビの前に座らせるなんて、すげえぜ、藤井四段。
 相手の増田四段も注目の十代棋士です。前期、新人王戦の優勝者ですから、強敵です。上記 AmebaTV の非公式戦では、藤井四段に▲9七玉という印象的な受けを見せられて負けたので、必勝を期しているにちがいない。

 竜王戦の持ち時間は各5時間。後手・増田四段があまり見たことのない引き角から積極的に仕掛け、中盤は藤井四段が少し苦しい感じ。ネット中継を見ていても私と同様の印象らしい。加藤一二三九段だけはテレビで藤井四段がかなりいいというお見立てでしたが……。プロの将棋に対して失礼ですが、と金ならともかく、増田四段が金で飛車を取りにいく筋にやや違和感を覚えました。
 そういえば、テレビでは、30年前に、歴代トップの28連勝を記録した神谷広志八段にもスポットライトを当たっていました。おもしろいおっちゃんです。自分の連勝記録を抜かれたくないと正直に吐露していましたね。
 対局するたび藤井四段の食事が話題になります。勝負メシとかいってね。同じもの食べても頭は良くならないし、彼がグルメってわけでもなかろうに、将棋の内容が理解できない人は周辺情報が楽しいのかもしれません。いちおう書くと、昼は豚キムチうどん(みろく庵)、夜は五目チャーハンが品切れでわんたんめん(紫金飯店)に変更。結果的にメンメン戦法。対する増田四段は、昼がミニとんかつ定食(みろく庵)、夜がヒレカツ定食ライト+肝吸い(ふじもと)と絶対カツカツ連射攻撃です。増田四段のお茶目さを見た気がしました。ただ、ミニとライトだったのが気になります。
(脱線しますが、将棋界には、脳のエネルギー=糖質という考えが強く、甘いおやつも積極的に摂ります。顕著な例が、加藤九段の板チョコ10枚バリバリ伝説でしょう。枚数に関しては諸説ありますけど。私は人間に糖質は不要と考えていまして、その根拠の1つが「虫歯になるから」です。もちろん太る原因にもなります。糖質を食べると加藤先生みたいになるのかな。お元気ではありますが)
 藤井四段がどうやって反撃するのか私には見えなかったんですが、▲7七桂〜6五桂が機敏でした。▲7五角と▲1五角の二枚角で要所を押さえ、バシッと▲5三桂打!
 自陣は飛車打ちに弱い形に見えますが、打たせるヒマを与えない攻撃で、きっちり寄せきりました。増田四段のしのぎかたも素晴らしく、いい将棋でした。

 藤井四段、歴代単独トップの29連勝。

 本当に強い。今日も角と桂の使い方に感心しました。
 羽生善治三冠がデビューしたときは、もっと荒削りで、悪い将棋を逆転するような展開も多かったのですが、藤井四段は序中盤で差をつけられることが少ないのです。小学生のときに、大人にまじって詰め将棋の解答選手権で連覇するなど、終盤の読みは正確です。彼だって人間だもの、何度かミスもしたようですが、動揺して大崩れしなかったところがまた素晴らしい。

 結局、予定していた練習はだいぶんサボりました。
 でも、彼の将棋は楽しい。もう少し練習時間を奪ってくれてかまわんよ。

ドラえもん、100m、要領の話、その他。

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 平成23年といったら、何年前?……ジーガシャガシャ……6年前か。
 となると西暦で……ジーガシャガシャ……2011年、東日本大震災の年かあ……。

 その日、いつものように、仕事しながらTBSラジオ「小島慶子キラ★キラ」を聴いていたんです。ちょうど聴取率調査週間(2ヶ月に1度の、いわゆるスペシャルウィーク)でして、毎日一番いいメッセージに3万円をあげる、という企画をやっていました。
 その日のテーマは、「藤子不二雄と私」でした。
 ああ、そういえば……と書いたのが、次のメッセージです。

 勉強もスポーツもできず、コンプレックスだらけで鬱々と過ごしていた高校1年のころのことです。
 当時小学生の妹が読んでいた学年に《足が速くなる方法》の図解が出ていました。のび太が走る格好をし、ドラえもんが指示棒持って《走り方》を解説しています。アゴを引けとか、つま先で走れとか、腕を振れ、などとドラえもんが言っています。
そんなんで速く走れるなら誰も苦労はしないよ、フン、と私は雑誌を放り投げました。
 が、翌週、たまたま100M走の計測があり、だまされたつもりでドラえもんの指示通りに走ったら、あら不思議、いつもクラスでビリを争っていた私が13秒前半で走れ、上位に入ったのです。ゴールしてタイムを聞いた瞬間、空の色が明るくなりました。

 それから私は活発に外で遊ぶようになり、性格も明るくなりました。
 100Mのタイムも最終的に12秒半ばまで伸びました。
 ありがとうドラえもん!

  誇張はありません。将棋と読書が好きなインドア派で、それ以前は、いまほど快活ではなかったのです。
 私のメッセージがラジオで読まれました。
 パーソナリティの小島慶子さんとライムスター宇多丸さんが盛り上がるのです。
「この人すご〜い。クラスのいじめられっ子だったのに(いじめられっ子だなんて書いてない)、ドラえもんの指導でクラスで一番になったんだよ(一番だなんて書いてない)。リアルのび太じゃん!」
 ドラえもんの漫画に直接影響を受けたエピソードではないので、まさかとは思いましたが、なんとその日のメッセージ王に選ばれ、3万円を獲得したのでした。
 写真はその証拠です。^^ 頂戴した3万円のうち1万円は妻に進呈し、あとはシューズ代と飲み代に消えました。

【以下、蛇足】
 上記のとおり私は将棋部でした。
 空が明るくなったとき、「将棋なんてやってる場合じゃねえな」と感じました。その年の夏休み、団体戦で広島の代表になって全国大会に行き、ベスト8という結果でした。私はそれで満ち足りて将棋をしばらくやめました。今はネットでたまに早指しする程度で、もっぱら観戦です。藤井聡太四段、強いっす。
 私、ドラえもんのおかげで100Mのタイムが伸び、「世の中、要領がわかれば大きく伸びることがある」と学習しました。受験勉強の要領を理解するのに人より長くかかってしまい、浪人しちゃいましたけど。
 短距離が少し速くなっても、長距離はほとんどビリのままでした。
「要領よく」マラソンが速くなる方法はわからんままじゃ。

ホグレルでほぐれるのか!?……経過報告その2

 動的ストレッチ・マシン「hogrel」を7種類設置したジムに通い始めて4ヶ月半。ほんとうは毎週3回くらい通いたいんですが、2.5回くらいになっています。

 経過報告その2です。
 正直、股関節は硬いまま。やや外旋の動きが出てきたかな、という感じです。
 骨盤の前傾が深くなりました。Powerbreathe を始めたのとも関係ある気がします。骨盤の前傾角度が大きければいいというわけではないのでしょうが(通常の姿勢で前傾がすぎると反り腰になります)、可動域があれば、ランニングに必要な前傾角度を保ちやすくなるんじゃないかなあ……?
 骨盤が前傾すると胸の位置が高くなり、肩胛骨が下がります。確実に肩胛骨がよく動くようになりました。
 課題は股関節です。

 ところで。
 ランニングフォームで参考にしているのはモハメド・ファラー。
 Instagramを見ると、上半身裸で走っている動画が多いので勉強になります。

弱点克服(2)……呼吸筋を鍛える。

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 先日、あるトレーナーからまだまだ呼吸が浅いことを指摘されました。胸も腹も、360度使って息を吸ってみて、と言われてやってみるんですが、肋骨がまだまだ膨らんでいない、つまり胸郭で息を吸えていない、とのこと。中1のとき、肺活量がクラスで最低だった屈辱が甦りました。

 そういえば、うちに、POWERbreathe(Heavy) という商品があったぞ(黒はもう廃番なのかもしれないので別のをリンクしました)。
 あるイベントで当たり、何度か試したのです(のちに、猫ひろし選手が使っていると著書で知りました)。効果はありそうですが結構きつい。手入れが面倒なこともあり、じきに使わなくなりました。
 死蔵していたそいつを見つけだし、毎日2回、使っています。吹奏楽部の生徒がペットボトルをくわえて吸ったり吐いたりするのと同じ原理なのでしょう。説明書は捨てちゃったけど、肺から全部空気を抜くつもりで吐き、一気に胸に吸い込むというのでいいはず。それを30回、1日2回やります。
 底の部分をひねると、吸う空気が少なくなり、負荷が高まるんです。黒いモデルは(赤も同じなのかな)高負荷モデルなので、目盛り「0」でもけっこうきつかった。1週間ほど経ってから、負荷を「1」に上げました。呼吸に関する筋肉が筋肉痛っぽくなっているのが自覚できます。

 しばらく使って、姿勢に変化がありました。ぼんやりしているときも、自然に骨盤が立ち、胸をひらいていることが多いのですよ。
 呼吸と姿勢について書いた本を検索したところ、「TARZAN」2016/12/8号がヒット。特集は、ずばり「呼吸と姿勢」です。早速入手しました。
 なかなか面白い内容でした。知りたいことがたくさん書いてある。たとえば、息を吐くときは、内肋間筋、外腹斜筋、腹直筋、内腹斜筋、腹横筋が、吸うときは僧帽筋、斜角筋、胸鎖乳突筋、外肋間筋、横隔膜が使われる、とあります。さらに、脊柱起立筋と腹横筋の抗重力筋で姿勢をただして胸郭を拡げることが大事だとそうです。なるほど、やはりそうか。この雑誌は永久保存版だな。
 呼吸筋を鍛えることでこれ以上速くなれるかどうかわかりませんが、少なくとももうちょっと人間らしい呼吸と姿勢を得られるはずです。

 ところで。
 面倒だと書いた POWERbreathe のお手入れですが、これまた、ひとにもらって使用していなかったメガネ洗浄器があるのを思い出しました。メガネ屋の前に置いてあるような超音波クリーナーです。「シチズン 超音波洗浄器 SW1500」っていうんだ。あの人、こんな高価なものくれたんだな。よほど私のメガネが汚れていたのかも?
 メガネに限らず、貴金属などいろんなものを洗いなさいと説明書に書いてあったはずです。ちょうど POWERbreathe が浸かる形でしたので、それに水を入れ、数回使用したあとで洗滌しています。2回に1度くらい、重曹を少し加えます。それが正解かどうかわかりませんけど。

POWERbreathe (パワーブリーズ) プラス スポーツ (重負荷) レッド

POWERbreathe (パワーブリーズ) プラス スポーツ (重負荷) レッド

Tarzan(ターザン) 2016年 12月8日号[呼吸と姿勢]

Tarzan(ターザン) 2016年 12月8日号[呼吸と姿勢]

猫ひろしのマラソン最速メソッド (SB新書)

猫ひろしのマラソン最速メソッド (SB新書)

シチズン 超音波洗浄器 SW1500

シチズン 超音波洗浄器 SW1500

 

弱点克服(1)足の外旋……ストレッチ&ランジウォーク。

 京王線・聖蹟桜ヶ丘から徒歩数分、アルトラを中心にナチュラルランニングのシューズなどを販売するショップがあります。
 最近、そのお隣に、ランナーを中心にフォームチェックやメンテナンスをしてくれる治療院(リンクはFacebook)がオープンしました。
 私も1度診断してもらいまして、いくつかのテストを受けたのち、私のフォームの欠点を正確に指摘されたのには驚きました。
 身体の硬さ・腹圧・膝がきちんと伸びる局面がないこと、など、すべて、見て見ぬふりをしてきた欠点ばかりです。この身体の硬さでフル3時間9分はある意味すごいと言われました。私より身体が硬くてサブスリーを何十回もやっている人は知っていますけど、たしかにあの人のフォームもぎこちなかった。
 ……というわけで、しばらく自分の弱点改善のためせっせと頑張っています。

 身体の硬さ……とくに今日は足の外旋可動域について書きます。
 外旋とは、立ったまま、股関節をねじって膝やつま先を外に向ける動きです。解剖学的にいえば、通常、股関節の外旋角度は60度くらいだそうです。
 ランジをして身体の軸に対して骨盤が回転したさい、前方に振り出される脚の股関節も同じくらい外旋していることになります。逆に、後方の足は内旋しています。
 私の場合、骨盤が捻れているときに股関節の柔軟性が追いついていないので、進みたいベクトルに対してやや内側に接地することになります。ああ、なんということでしょう。あたしはスピードを上げてストライドが伸びるほど、ジグザグに進んでしまうわけです。

 その弱点を解消するために、あいかわらず動的ストレッチマシン「ホグレル」を設置したジムに週3回程度通っています。まだまだひとさまに笑われる硬さですが、今日、「いつもより足の外旋ができてきたかなあ……?」程度の感触がありました。

 また、ランジウォークを再開しました。
 以前、ランのあとランジ50歩をやっていた時期があったんです。1ヶ月くらい続けたころでしょうか、4:30/kmで10kmのペース走をしようと思ったら、腹部が軟らかく伸びる感じがし、4:10〜15/kmで走れます。おかしいなあ、これじゃ10km続かないかもなあと怪訝に感じながら、そのペースで進んで15kmか16km走りました。ハーフを90分切りしてない私ですが、たぶんその日ならできたでしょう。
 なにかの大会が終わったのをきっかけにランジウォークをやめたら、腹部の軟らかさはなくなりました。ランジも足の外旋可動域の改善や大腰筋のストレッチにつながるわけですから、あらためて続けていきます。
 
 今後も気持ちよく走るために、できることはみんなやる。
 人間らしい走りに近づきたい。

 いま取り組んでいるランジウォークは、高岡氏の動画のようなものです。
 片手を挙げることにより、大腰筋のストレッチにもなります。


書籍「ゼロベースランニング」P118◉余計な筋活動を抑える〜ランジウォーク〜

萩往還のダメージ、その後。

 萩往還マラニック250km完踏のあと、うすらぼんやりと過ごしております。昼夜逆転型の私ですが、ここんとこわりと早寝早起きです。大会後、1週間くらいはお腹が空いてしかたなく、むやみやたらと食べていた気がしますが、体重は許容範囲……というか減少傾向。今朝の体重は60.5kg。体脂肪率7.8%でした。
 倦怠感や筋肉痛はほとんど消え、きのう14日(日)は、ママチャリ駆って多摩丘陵の坂道をガンガン登ってみました。大丈夫でした。
 右足の拇指の付け根というんでしょうか、横アーチの内側部分あたりの皮膚がめくれて化膿しています。違和感のあるソックスを脱ぎ、素足でシューズを履いた代償です。暑さによりシューズ内の温度が高くなったことも傷を悪化させたのでしょう。膿んでむず痒いなんて子供のころ以来で、なつかしくもあります。もう少しで治るかなあ。カサブタになっている傷もたくさんあります。
 大会が終わって1週間くらい萩の往還道を走る夢を毎朝見ていました。それもなくなり、ようやく通常に戻れそうな気分。
 そろそろ秋冬に向けて再始動です。

萩往還 完踏率

 ナイキのBreaking2の話など書きたいことあれど、まだもう少し萩往還マラニックの余韻にひたってぼんやりしていたい。仕事はせっせとやってます。

 さて、第29回山口100萩往還マラニックのリザルト(速報)が出ていました。
 各部門の完踏率は下記のとおりです。

  完踏率 完踏/出走
250kmの部 51.6% 295人/572人
140kmの部 55.7% 327人/587人
070kmの部 78.1% 406人/520人

 猛者が集まるからか250kmの部はたいてい140kmより完踏率が高いんですが、今年は逆転していました。例年より参加者が100人くらい多く、250km初挑戦の割合が高かったからかもしれませんし、140kmの部がスタートする前の5月3日が暑かったからかもしれません。私はぼんやりしていたせいで初日と2日目の体感温度を比較できないのですが……。私は走れなくなった2日目の昼に、熱中症の危険を感じ、何度か水を浴びました。

 下の表は過去5年の完踏率。ブルーは、私が参加した部門です。2014、2015年は参加していません。

  2017 2016 2015 2014 2013
250kmの部 51.6% 58.8% 47.5% 57.8% 63.5%
140kmの部 55.7% 56.7% 39.4% 58.3% 59.1%
070kmの部 78.1% 81.9% 82.4% 83.8% 88.1%

 2015年は、140kmの部がスタートした夜がたしか土砂降りで、そのため完踏率が低くなっています。2016年は250kmの部が大雨に見舞われ、距離が少し短縮されました。
 萩往還に関しては、私は晴れ男で、今回、最終日の朝ににわか雨に見舞われた以外は晴れていました。もちろん暑さもリスクではありますが、装備が軽くてすむという点では恵まれています。
 各部門を一度でクリアできたのは幸いでした。来年は応援にまわります。

萩往還マラニック参戦記(3/3)

萩往還マラニック参戦記(2/3)から続く】

★5月4日(火)0時〜
 どなたかが「宗頭文化センターを0時に出れば全部歩いても完踏できる」とブログに書かれていました。異論もあるようですが、その説を信じることにしました。
 数人まとまって藤原商店を左折。大通りに出るまでの上り坂は真っ暗です。1人だったら心細かったでしょう。この夜はずっとMくんと走りました。
 月がぼやけていた前日と違い、今夜は星が綺麗に見えます。
 三見駅CP(188.6km)からしばらく暗い道をくねくね走ります。何度も踏切を渡るせいかお化けが出るという噂があるらしい。ねぼけた人が見間違えたのサ。お化けがイヤなのか、見知らぬ方がついてこられて3人になったのはかまわないんですが、その方が一方的に喋りつづけるのでMくんも私も眠気に襲われフラフラでした。
 住宅街が近づくと、さきほどの方はさっさと進んでいきました。われわれは女性二人が出してくれていた私設エイドのコーヒーでやや復活。玉江駅エイド(195.5km)まではその晩いちばんのスピードで駆け抜けました。
 ここから先は140kmの部のコースと合流します。大好きな夜明けの萩市街です。
 虎ヶ崎CP(207.4km)に到着したときは朝6時半をまわっていました。椿の館で私は3年ぶりにカレーの大盛りを、胃をやられたというMくんはうどんを食べ、軽装になって7時にスタート。結局、昨夜もあたたかく、私は半袖+長袖+うすいジャケットと短パン程度で走りました。二晩ともグローブは不要でした。
 Mくんとはここで別行動に。私は彼にやや遅れて虎ヶ崎の短いトレイルを走りましたが、石を踏むと傷だらけの足裏が悲鳴をあげます。
 金照院CPに向かう途中、毎週50km走の練習をして140kmの部に臨んだ同級生や、ギリギリで完踏をめざす250kmの部の知り合いとすれ違います。みんな頑張ろう。
 にわか雨に見舞われたあと、今日もカンカン照りになりました。陶芸の村CPを過ぎたら、70km、35kmの部とすれ違います。陶芸の村を降りかけたところに70kmの部の1位の選手が颯爽と走ってきました。トップランナーのタイムからしてつまり午前8時半くらいだったのでしょう。
「足首が赤くなっていますよ、大丈夫ですか」と後続のランナーに指摘されました。「歩きながら日焼け止めを塗ったので、塗り忘れたところが灼けたんでしょう」と答えましたが、そのころすでにかなり浮腫んでいたのですね。

★5月4日(水)?時〜
 このあたりから記憶があやふやです。
 70kmの部、歩け歩け35kmの部のみなさんとすれ違うたびエールの交換をしました。
 往還道では三つの峠を登ります。一升谷は難所ですが、上りは結構すすめました。難儀するのは下りです。筋肉のダメージより先に足裏が次第に衝撃に耐えられなくなり、下りどころか平坦な道も走れなくなってきました。小石はもちろん、雑草を踏んだりしてもイテテッと声が出ます。
 寝不足のため相変わらずぼんやりしていて、橋を渡るときなど、川に吸い込まれそうになるためなるべく真ん中を歩きました。怪我だけはしたくない。
 あれはどこだったでしょう。Mくんが休んでいて、「足が止まった。完踏は無理かもしれない」と言いました。以降、ずっと心配していたんですが、その場で何と声をかけたか記憶しません。
 進みながら考えました。ベテランのウルトラランナーの多くはズルッ、ズルッと摺り足で走ります。早歩きも摺り足です。そのたびブレーキがかかりますが、着地衝撃が少ないことも事実の一面です。私もMくんもマラソンのときと同様、摺り足ではありません。しかしバネを活かして起伏やトレイルのある超長距離を走りつづけるには、私たちが履いていたアディゼロ Japan boost3 は薄すぎたのではないか。次に走るなら HOKA One One でも試してみるかな。走らないけど……。
 右足首痛が出てきて底屈しにくくなりました。踏みこむとズキッときます。
 佐々並エイド(236.8km)で10分仮眠をとろうとスマホのタイマーを設定してみたけど、やはり寝られません。しかたない。あと一山15kmがんばろう。一歩一歩進めばそのぶんゴールに近づくのです。
 4年前に70kmの部を走った自分は、250kmの部の選手を全員尊敬しながら見ていたのです。だから今日の自分は完走すればいいじゃないか。

 完踏して、4年前の私にメダルと完踏証を見せてやろう!

「自分にそんなことができたのか」って当時の私は腰を抜かすはずです。
 それに、もしリタイアしたら、来年もう一度やることになります。

 こんなこと、二度とやりたくない。這ってでもゴールするぞ。

 長いロードで、お日さまに照らされながら、私は白昼夢を見ているのでした。具体的に記憶していませんが面白い夢が次々浮かんできます。幻覚って怖いもんじゃなかった。超ウルトラトレイルランナーに元ジャンキーがたくさんいるのもわかります。いろんなものが顔に見える現象も続いていました。道に落ちた笹の葉などのランダムな模様は全部文字に見えます。宇宙人が私にメッセージを伝えているのだな。前の若者が同じようにフラフラしているので話しかけると、彼も夢ごこち仲間でした。
(……ええっと、この段落は広島弁)板堂峠を登っとるとのお、あれじゃあれじゃ、前方にS食堂のIさんと、今年はエイドにまわった同級生が見えるじゃろ。予告どおり私設エイドを出してくれとるんじゃあとで聞きゃあの、「気いつけいよ。わしの周りにいろんなものがおるでえ」と言いながらわしは彼らに近づいたそうなんよ。(広島弁終わり)
 コーヒーをご馳走になってからさらに登りました。15時くらいかな。
 上りが終わって下りの石畳にかかりますが、無念です。足裏と足首の痛みで歩くのが精一杯。石畳に浮かぶ顔と、葉っぱでできた秘文字を見ながらよちよち歩きです。
 やっとアスファルトに出ました。しかたねえ、こちとら歩きよ。
 ウエーブスタートで21分後に走り始めたため、17時20分までに着けば46時間台の記録となります。速かないけど足裏を血だらけにしたんだから今日はそれで許してやろう。
 ゴールまで数百メートル。最後のコーナー前後から、沿道に人があふれて応援してくれるので、いちおう走るふりをします。「ラスト走って〜」「歩きたいよ〜」「来年も来てね〜」「歩け歩け35キロに出るよ〜」などと、沿道の声援に減らず口たたいて応じているうち一瞬ウルっときましたが、ハイタッチで忙しく感傷はかき消されました。
 香山公園に入ると同級生たちやS食堂のIさんが迎えてくれます。
 毎年ゴールシーンは撮影されるんです。残り少ない瞬発力を振り絞ってジャンプ。ちゃんと写真におさまっているかな。

 メダルをかけてもらいました。完踏証を見ると46時間50分台。みんなのところによろよろ寄っていき、メダルは「お店に飾ってください」とIさんに進呈しました。完踏証とCPシートは宝物にします。f:id:mugibatake40ro:20170508182846j:plain

 4年前の私、この完踏証を見よ!

 ベンチに座っていると、徐々に知り合いのランナーがやってきました。もしかするとリタイアしたんじゃないかと思っていた知り合いも見えます。パッと立って出迎えられないのがもどかしい。
 あっ、Mくんもやってきた。私がフィニッシュできたのは半分彼のおかげです。
 みんな諦めず、がんばった!\(^o^)/

5月4日(水)18時〜
 ひとくち飲んだとたんひっくり返って寝てしまったというエピソードも聞くので、ビールは打ち上げまで控えました。60時間くらい寝ていません。足を引きずりながら荷物をピックアップし、ラン仲間の車で湯田温泉のホテルに運んでもらいました。
 チェックインのあと部屋に入り、血で固まったソックスをメリメリ剥がしました。足首から先がフグ提灯みたいに腫れあがっています。心配していた足裏を覗き込むと、余計な皮膚は剥がれ、くっつくものはくっつき、見た目は思ったほど悲惨ではありません。化膿している箇所はあるものの血だらけのドロドロではないのでした。日焼け止めが合わなかったのか、(翌朝ほとんど消えましたが)太腿の前面に発疹が赤く広がっています。そこにも人類の秘密を解き明かす文章が綴られているのでした。世の中は暗号に満ちている。ただ、読み解こうとしないだけだ。
 シャワーを浴びたい。トイレにも行きたい。しかし、ユニットバスの30センチ程度の段差をなかなか上れません。困ったぜ。
 苦労してシャワーを浴び、時間をかけて着替え、徒歩2分のお店まで10分以上かけて歩きます。駐まっているはずの車がグングン大きくなって迫ってくる。まだ幻覚が続いているのだな。飲む前に轢かれてたまるか。
 すでに始めていた10人くらいの仲間に割り込んで、ビールを注文。
 おや、壁紙の模様や刺身のツマにも地球の先住人が残した暗号が書かれているのだ。

 乾杯!


萩往還マラニック参戦記(2/3)

萩往還マラニック参戦記(1/3)から続く】

★5月3日(火)0時〜
 最初のチェックポイントである豊田湖畔公園CP(58.7km)に到着したのは1時50分くらいだった模様。ペースは上がりませんが、前後に人が多く、ひとり旅にならなかったのはありがたかった。軽食摂って、水を補充して走ります。
 足裏の痛みはどんどん増しますが、まだ走れるのだ。これしきでエントリー料3万8千円をフイにしてなるものか

 最初の夜に仮眠をとる人は少ないと聞いています。
 周りのランナーと会話しながら下りを走っていたら真横でドサーッと音がしました。振り向くと、転がったザックの中身が前方に飛び出し、さらにその先にランナーがヘッドスライディングしています。「大丈夫?」と声をかけたら「大丈夫です。寝てました」と返事しながら、立ち上がってザックを拾いに行きます。かかる場合、みんな反射的に大丈夫だと言うんだけど、平気じゃない場合もあるよなあと心配しつつ、勢いのまま通り過ぎてしまいました。
 約80kmの新大坊エイド(下の写真)では、「車道をふさいだランナーがいたので警告を出した。みなさんも注意してください」と、大会スタッフから指示。

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 87kmの油谷中学CP(下の写真)に着くころは夜が明けていました。リタイアを宣告する人がちょいちょいいます。

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 預けていた荷物から必要なものを取り出します。近くの食堂で梅干しを何個も入れておかゆを食べ、再スタート。後方からMくんがやってきました。彼は計画的に休憩を入れているらしく、前にいると思っていたら後からやってきたことが何度もありました。
 足の痛みもあり、この辺りではだんだん走れなくなり、ウォーク率が高くなっています。早朝だけどすでに暑い。半袖短パン姿です。
 スタートしてから約13時間。つまり朝の7時20分くらいでした。ちょうど100kmあたりで大失敗をやらかしました。98.5kmの俵島CPを見落としていたのです。一緒に進んでいたランナーに確認し、トボトボ戻ることに……。140kmの部を走った時も、約6kmロスしたんですよ。やはり100kmくらいのことでした。逢魔が時ならぬ逢魔が距離ですな。
 今回はタイムを狙わないこともあり、「いいネタができた」くらいに感じていました。逆走していると、みんなから「どうしました?」と不思議がられます。「チェックポイント見逃しました」と照れ笑いを浮かべると、気の毒がられたり呆れられたり、なかには「ダメじゃないか」と叱られたり。「前回、ぼくもここでやっちゃったんですよ」という方もいました。Mくんともすれ違いました。
 1.8km戻ると、「俵島」と大書された看板と、チェックシートに押すパンチがありました。たしかにさっきもこの看板は見たんです。女性ランナーが立ち止まってスマホで撮影していたので、「なんでこんなもの撮るんだろう?」といぶかしく思いながら通り過ぎたんですよね。つまりボーッとしていたのです。往復3.6kmのロス

 足裏が麻痺していたのか、わりと走れる時間帯で、きつめの下りも平気でした。ただ、日頃から傾斜に応じてスピードを上げて降りるのが癖になっています。ブレーキをかけてゆっくり下っても、バンバン足を打ちつけても大腿四頭筋にダメージが残るでしょう。このあたりの加減がわかりません。

 晴れて、かんかん照りでした。暑くて周囲が眩しい。サングラスが必要だったか。

★5月3日(火)12時〜
 立石観音CP(117.8km)から、東京からのウルトラランナーと併走することになりました。今回で10回目なんだそうです(今回完踏したら、翌年表彰されます)。さすがに道に詳しく、的確に誘導してくださるので思考を節約できました。感謝です。ウルトラについてもいろいろ伺いました。
 途中、津黄竜宮の潮吹という名所に向かう車の渋滞ができていました。歩道がしっかり確保されていない狭い道で、渋滞が起きている逆側を走るんですが、わずかなスペースを縫うように車が追い抜きます。寝不足でふらつくランナーが引っかけられてもおかしくありません。
f:id:mugibatake40ro:20170507163108j:plain 千畳敷CP(125.4km)には12時45分くらいに到着。ここへ向かう激坂はきつかった。ローギアベタ踏み級の真っ直ぐな道が空にむかって続いています。風が強く、風力発電の風車がびゅんびゅん回っていました。
 足の調子が悪くなり、ご一緒した上記のランナーとは日置エイド(131.2km)で別れました。そこからは、100歩走って30歩歩いたり、50歩進んで15歩歩いたり、と、ひたすらラン&ウォークで前進。
 湯本温泉CPに右折する直前のセブンイレブンでソックスを購入しました。ひさびさに足の状態を見ると、あちこちむけた皮膚が痛々しい。穿いたソックスに、すぐに血がにじみました。シューズに足が入りづらいのはソックスが厚いせいではなく、すでに浮腫みはじめていたのでしょう。素足でなくなっても痛みは軽減されず、一歩一歩、ジンジン響きます。またしても50歩ラン+15歩ウォーク、50歩ラン+15歩ウォーク……。
 エイド&ゼッケンチェックの仙崎公園前(152.2km)を過ぎると、青海島・静ヶ浦キャンプ場の往復12kmが始まります。昨年は悪天候のためカットされたエリアです。いやはや、こちらもかなりのアップダウン。山口県って坂しかないのでしょうか?
 写真は青海島の海岸沿いから、法瀬の鼻という場所を臨んだところだと思います。綺麗な景色をじっくり見ないで進むなんて勿体ないなあ。

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 静ヶ浦キャンプ場のエイドで大盛りカレーを食べていると、Mくんが現れました。日が落ち始めたので、重ね着してヘッドライトを装着し、私は一足先に再スタート。
 ふたたび仙崎公園前でゼッケンをチェックされ、いよいよ仮眠できる宗頭文化センター(176.2km)に向かいます。しばらく暗い道を1人で行きました。地図を見ながら歩くと、足を踏み外し、道脇から40〜50センチ下の、葦らしきものが生えた草むらに落下しちゃいました。右足を着地したあとよろけます。尖った茎に手をついて、ブスッとやったらリタイアだなと覚悟。手をついたあと身体ごと転びましたが、さいわい無傷でした。お恥ずかしい。前後には誰もいなかったようです。
 スタートから26時間くらい経ったでしょうか。広島で目覚めたときから考えれば37時間寝てないことになります。
 このころから、幻覚が始まりました
 アスファルトに引かれた白線が劣化して、たくさんの筋が入っているのですが、これが全部人間の顔のつらなりに見えます。途中で抜かれたMくんがコンビニで休んでいたので、声をかけて数キロ一緒に走りました。あれ、私の真横にもうひとりの私が走っています。あんた、誰?
 やっとこさ宗頭に着いたのはジャスト22時
 いろんな方からの情報を綜合して、なんとか21時くらいまでには着きたかったので、少し遅いと感じていました。周囲から「昼間暑すぎて例年より距離を稼げなかった」という会話が聞こえてきます。
 1度座ったら立つのが難しい状態。いうことをきかない身体にムチ打って荷物の整理を終えたら22時50分になっていました。
 宗頭文化センターの2階の大広間で30分ほど仮眠するつもりでした。隣で横になったMくんが一瞬寝息をたてたあと、私もめまぐるしく展開するシュールな夢を見ましたが、スマホを見れば5分と経ってないのでした。いびきや、誰かが荷物を整理する周囲の音が聞こえ、もう眠れません。隣を見ればMくんもスマホを見ていたので、声をかけて1階で軽食を摂りました。準備をしていた数名でまとまり出立したのは23時45分くらいです。

萩往還マラニック参戦記(3/3)に続く】

萩往還マラニック参戦記(1/3)

 第29回萩往還マラニック250kmの部に参戦しました。
 以下、どなたかが作ってくださったルートマップをご参照ください。

 長々と書きますが、どこに何時何分に着いたという詳細や、エイドの食事の写真などがほとんどないので参考にならないかもしれません……あらかじめお断りしておきます。

 萩往還250kmの踏破は、心のタスクリストに太字で記載していたんです。2017年と18年の2大会をもって終了するという話を聞いて背中を押され、挑戦を決意しました。250kmの部を完踏しないうちに大会がなくなったら後悔するはずですから。
 この1ヶ月くらい仕事が立て込んでいました。それに、5月1、2日は連休の谷間の平日。その2日を空けるため、毎日明け方まで仕事しました。5〜7時に寝て10〜11時に起きる生活。もともと昼夜逆転型ですけど、萩往還は二晩徹夜で走るようなもんだから、寝ない練習と考えていました。平日あまり走れないのはストレスが溜まりました。

5月1日(月)大会前日
 スタート前日。広島県の郡部出身の私は実家に寄らず広島市内のホテルに泊まり、萩往還出走する同級生ほか8名くらいでプレ飲み会をやりました。会場はサブスリーランナーIさんがやっているS食堂。Iさんは昨年250kmに参戦して残念ながらリタイアされています。今年はエントリーせず、われわれをサポートしてくださいました。
 250kmの部のスタート時間は2日18時、140kmの部は3日18時、70kmの部は4日の朝6時。山口市の瑠璃光寺の五重塔前(香山公園)をスタートし、各部4日の18時までに戻ります。ほかに歩け歩け35kmという部門もあり、4日6時にスタートして、70kmの往路にあたる35kmを踏破したあとバスで帰ります。
 私は70kmの部を4年前、140kmの部を3年前に完踏。ただ、その後2年間ご無沙汰していました。事情によりウルトラには積極的でないので、萩往還の140kmのほかに100km以上の大会を走ったことはありません。時間を度外視すれば長い距離に抵抗はありませんが、知り合いを見る限り、(その後何度も完踏しているランナーであっても)初参加時にはリタイアが多い。それが不安材料のひとつでした。

★5月2日(火)スタートまで
 レース当日の朝は、少し酒が残っていたので水をがぶ飲みしました。スタートが18時なので平気でしょう。
 250kmの部を走る知り合いのMくん(彼もサブスリーランナー)の車に同乗させてもらい、山口入りしました。お昼前には受付や食事、着替えをすませました。
 15時からの説明会で印象に残った話のひとつを紹介しますと……。
 前回の大会で「わたしギリギリまで頑張れるんです」という女性が入院してしまった例を挙げ、大会委員長は次のようなことをおっしゃいます。「限界まで無理して頑張る必要はありません。70キロの部の人にとって、白ゼッケン(250kmの部)のランナーは全員神々しいんです。スタートするだけで誇っていい。たまたま体調が悪くて第1チェックポイント(以下、CP)でリタイアしたって私は充分立派だと思いますよ」
 なるほどそうだった。4年前、70kmの部を走った時は、山から転がるようなスピードで駆け抜けていく速い人も、意識が朦朧として歩く人も区別なく、250kmの参加者はみんな超人に見えました。きっとあのときの私には信じられないでしょう、今日の自分は白ゼッケンをつけているのです。
 説明会場やスタート地点で全国から来た知り合いと再会、声をかけあいました。

★5月2日(火)スタート。18時〜
 いよいよ、18時からウエーブスタートです。f:id:mugibatake40ro:20170507163055j:plain
 私は最後から2番目のグループで、約21分遅れてエイエイオー。瑠璃光寺の五重塔が見える香山公園から走り始めました。ほどなく前のグループでスタートしたMくんに追いつきます。彼は余裕を持って制限時間いっぱい使うプラン。一方、私は例によってノープランです。Mくんはコースの予習が完璧で、以後助けてくれることになります。フラットな川沿いをゆるゆる走ると、だんだん日が暮れていきました。
 最初の上郷エイド(13.2km)でMくんと別れます。じつはすでに身体が重く、人と走る状態ではなかったのです。とくに左のハムやお尻が痛みます。カーフガード、ソックスともに、過去にレースで使ったモデルですが、この日はなんだかしっくりこない。それらを順に脱ぐとラクになりました。が、素足でシューズを履いたため、すぐに右足裏の皮が剥けて出血。さらに左足の甲や足裏もズルっと剥けました。無視していましたが、だんだん痛みがひどくなります。まあいい。全身だるくなって足の痛みが目立たなくなるのを待つことにしました。
 なんだか風邪っぽい気がします。半袖+短パンだったのですが、長袖やウインドブレーカー、ロングパンツなどを重ね着しました。半袖姿で夜通し走った方もいたので、明らかに私は厚着でした。
 体調がよくないのかなあ。
 すでに目標は「リタイアしないこと」になっています。

萩往還マラニック参戦記(2/3)に続く】

シューズの減り具合メモ。

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左=adidas adizeroJAPAN boost3(27.0cm)650km。
右=ASICS ソーティマジックRP3(27.0cm)155km

アウトソールの状態をメモするのは2度目。使用距離を見ると、足裏を確かめたくなる時期も摩耗具合も前回とほぼ同じなんだなと思う次第。
ところで、ソーティRPって、2と3ではアウトソールのパターンが違うんだ。なんか違うなあと感じていたんです。個人的には前回のほうがよかった。(ほんとにわかってんのか?)