『インディアスの破壊についての簡潔な報告』

インディアスの破壊についての簡潔な報告 (岩波文庫)

インディアスの破壊についての簡潔な報告 (岩波文庫)

 

 前回、ちょっと触れたので、ラス・カサス『インディアスの破壊についての簡潔な報告』(岩波文庫)をいちおう通読しました。
 ああ、畜生! 忌々しい本だった!
 1942年、コロンブスが新大陸を発見。さっそくキリスト教徒であるスペイン人の征服者(コンキスタドール)たちが中米や南米に渡り、先住民インディオに対して虐殺・略奪の限りを尽くします。金(ゴールド)で私腹を肥やすためです。神をも恐れぬその所業を各地で目撃した司教ラス・カサスは、1542年にこの報告書を書き、スペイン国王に献じたのでした。
 虐殺した歴史を持つのは一神教の国だけだという説もあります。神さまが八百万もいる日本も、戦前の一時期は一神教っぽかった。それはともかく。
 当時のインディオは各地に王国を築いていて、スペインの人たちを歓迎し、饗応します。誇張があるかもしれませんが、インディオはみな善良で、最初から敵対した人びとはいなかったと何度も書かれています。ところが、征服者は彼らを虐殺し、陵辱し、ああしたりこうしたり……残虐すぎて書けません。1200〜1500万人が殺されたのではないか、とラス・カサスは推定しています。そして……これはラス・カラスはわからなかったかもしれませんが、西欧から持ち込まれたさまざまな病気も、インディオを死に至らしめていたのです。
 Wikipedtiaの「Category:スペインの探検家」に、本書に登場する圧制者の名前を見かけると、プロフィールを見て腹を立てていました。「なんだこいつ、こんなことしておいて紙幣に肖像が描かれていたのか!」とか。
 
 私が子どものころ、テレビではインディアンが登場する西部劇を頻繁にやっていました。舞台は19世紀後半の西武開拓時代。か弱き女子どもを乗せた幌馬車を追いかける狂暴なインディアン。馬車を守るべくインディアンに発砲する騎兵隊……。アメリカ映画界は白人至上主義のこういった映画を20世紀半ばに改めはじめ、やがて日本のテレビからも消えていきました。
 あれは、先祖が行った虐殺や収奪をごまかすペテンだったのでしょう。

 ヤノマミは、好戦的なことで知られます。それをもって「人間はもともと凶暴な生き物だ」という説を支持する人類学者もいるとか。しかし、彼らの住んでいたベネズエラの奥地も、500年前にスペイン人がやってきているんです。それらの外的要因で排外的になったとも考えられる気がするのです。
 
(私のなかでは関連しているので「狩猟採集民」のカテゴリーをつけておきます)

NHKスペシャル『ヤノマミ 奥アマゾン 原初の森に生きる』

 NHKスペシャル『ヤノマミ 奥アマゾン 原初の森に生きる』をオンデマンドで見ました。やはりジャングルって凄い。画面に映る自然に圧倒されます。集落の一人一人の個性などは、番組プロデューサーの国分氏が書いた『ヤノマミ』(新潮文庫)に詳しく、映像と本とで補完するのがよろしかろうと思います。大人のヤノマミが走るシーンを見たかったなあ。
 文明というのは、穢れたと感じるもの、自分のなかの動物的なものを排除することなのかもしれませんね。草木を薙いで線路やアスファルトを作り、電車やクルマで移動する現代人は、動かないことを進歩とし、いまやテレビとソファの間さえ動かず、リモコンをポチポチやっている。獲物を獲らずとも、肉や魚はスーパーに並んでいるし、配達してくれるサービスさえある。風邪をひいたら薬をのむ。洋式トイレに座って、自分の排泄物を見ることもなくジャーッと流す。
 狩猟採集生活はその日暮らしで生きていけたのに、老後の心配をしてせっせとデスクワークする。そしてつぶやくのです。「ウォーキングでもしなきゃなあ」

『ヤノマミ』

ヤノマミ (新潮文庫)

ヤノマミ (新潮文庫)

 

 国分拓『ヤノマミ』(新潮文庫)を読みました。著者はブラジルのヤノマミ保護区・ワトリキに暮らす南米・ヤマノミ族のドキュメント番組を制作した方です。
 ブラジルとベネズエラの国境に住んでいるヤノマミ族は、移動型の初期狩猟採集民ではありません。複雑な狩猟採集民(尾本恵市『ヒトと文明』の分類による)の段階でしょうか。
 著者が暮らした集団は160人。山極壽一・京都大学総長は、人の脳は1500ccで、一緒に暮らせるのが150人である、それはマジックナンバーだ、とあちこちで言っています(→ナショナルジオグラフィック)。つまりそれ以上になると、村落社会に移行するか、集団が分裂するのでしょう。
 彼らは好戦的らしい。部族間抗争をするという報告があり、ワトリキにも敵を殺した人がいます。それを人間が本質的に暴力的である証しだという学者もいるようですが、判断保留です。1952年に書かれたラス・カサス『インディアスの破壊についての簡潔な報告』にはすでに農耕的村落社会をいとなむインディオがたくさん出てきますが、最初から好戦的なインディオはいないんです。もちろん、ラス・カサスが西欧人の虐殺をより強調するために、インディオをよく描いた可能性もあります。
 世界が層になっているという考え方はピダハン族と共通していました。シャーマンはいろんな層を往来できます。上のほうにいるのは「精霊」です。

 現在、ヤマノミはブラジル政府が指定した先住民保護区に住んでいます。近くにカトリック信者の白人(ブランコ)が詰めている保健所がありました。
 そこで暮らす前、ヤノマミは何世紀もの間「文明」の隣に暮らしてきました。白人(ブランカ)が持ち込んだ病原菌で多くの人びとが死に、ガリンペイロ(金鉱採掘人)に殺された歴史を持ちます。ヤノマミは一方で文明を敵視しますが、影響されないわけがありません。ずっと前から鉄器を使い、銃も持ちます。
 次のリーダーと目される青年は、都会の教育を受け、ポルトガル語も話せるようになりました。彼は家族とともにシャボノから少し離れた小屋に住み、戸には錠前が付けてあることに著者は驚きます。《ワトリキのなかで、殆どここだけに、確固たる私有の概念があった》──私有財産が生まれるのは農耕後のこと。つまり、彼は都市の学校で「私有」という未来の概念を持ち込んだのです。

 著者とカメラマンがトラウマになるほどショックを受けたのはヤノマミの堕胎でした。
 臨月を迎えた女性は森の中に入って出産します。生まれたての子どもは精霊です。それを人間にするか精霊のままににするかを決めるのは母親の一存で決められます。養育するか、間引くか(産後だが堕胎に等しい)。天に返す場合、首を絞めた「精霊」を白蟻の巣に納め、蟻に食べさせます。そして、数週間後そこに戻って白蟻の巣ごと焼き払うのです。
 著者とカメラマンは、新生児の首を絞めるところを目撃してしまったのでした。
 ワトリキの近くにカトリック信者の保健所ができて、栄養剤を与える医療活動が始まったことで乳児の死亡率が30%から2%に改善されたそうです。それは現代医療による恩恵です。しかし皮肉なことに、精霊として天に送るケースが増えたといいます。

 著者は人類学者ではないので学問的・形而上学的なところまで語りませんが、わからないものをムリにこじつけないところは好感が持てます。私が知りたい初期の狩猟採集社会とは少し異なりますが、ヤノマミの暮らしも現代社会を見直すヒントになります。
 NHKのドキュメント、これを読むまでは見るまいと思っていましたが、近いうちに。

台風19号とキプチョゲのサブ2

 台風19号の被害に遭われたみなさま、心よりお見舞い申し上げます。
 
 十年来、私は多摩川を走ってきたのです。羽村〜羽田の多摩リバー53kmを何度か走破したり、あちこちロング走をしてきたので多摩川沿いは馴染みがあります。したがって多摩川の情報を中心に、国交省の河川情報や Twitter を見ていました。本流に流れ込めない支流が溢れたり、二子玉川でも一部氾濫があったようです。
 一夜明け、被害の容子がすこしずつ見えてきました。昨日は関東中心に情報が伝えられていましたが、長野や東北など被害は広範囲にわたり、まだ全貌がつかめません。情報収集に努め、寄附なりボランティアなりを検討します。

 ちなみに、キプチョゲの「イネオス1:59チャレンジ」は、台風の情報収集のかたわらサブモニタで生中継を見ていました。プレッシャーもあったことと思いますが、最後、余裕の笑みを浮かべていたので、達成しそうだな、と感じました。至り尽くせりのプロジェクトですし、正直、あのシューズは道具のドーピングではないかというモヤモヤも晴れませんけど、フルマラソンを2時間切った瞬間は、やはり昂奮しました。

『失われた足跡』で時間を遡る

失われた足跡 (岩波文庫)

失われた足跡 (岩波文庫)

 

 アレホ・カルペンティエル『失われた足跡』読了。奥野克己『ありがとうもごめんなさいもいらない森の民と暮らして人類学者が考えたこと』に紹介されていた(210頁)小説です。
 
 作者カルペンティエルは、1904年、キューバの首都ハバナ生まれ。ラテンアメリカ文学の傑作に数えられるという本作は1953年に発表されました。訳者・牛島信明の解説によれば、作者はベネズエラのオノリコ河上流(→GoogleMap)を旅し、一か月ほど、新大陸の最も原始的なインディオと生活を共にした体験から生まれたとあります。
 主人公「わたし」の日誌形式で進行する小説です。
 都会で自堕落な生活をしている音楽家「わたし」は、女優の妻が公演のため長期遠征しているさなか、旧知の〈器官学博物館長〉からある依頼を受けます。それは未開部族が持つ原始的な楽器を探し出してほしい、というものでした。気が進まないものの愛人とともにジャングルへと旅立つことになった「わたし」は、ジャングルを遡行するにつれて時間や現代的な感覚を失います。自然のなかで惹かれたのは虚飾に満ちた驕慢な愛人ではなく、現地の娘ロサリオでした。彼女とともにさらに奥地に赴く「わたし」は20世紀の旧石器時代を訪ね、音楽の始原に辿り着くのでした。ところが……。
 とくに前半は衒学的で、散文詩のよう。聖書や『オデュッセイア』の知識がないと読み解けない暗喩などもあるのかもしれません。河を遡行する舟は、時間を逆行するタイムマシンです。種を播くことを知らない、さながら旧石器時代の集落に着いたあと、「わたし」が目撃した不思議な人びとは類人猿と解釈すればいいのでしょうか?
 
 以下、余談です。
 夕方の電車のなかで読みふけっているうちに、太古の集落のイメージが次第にはっきりと頭のなかに結ばれました。舞台はもちろん南米大陸のジャングル。登場人物は、テレビ番組で観たばかりですからアフリカに住む痩身のハッザ族です。
 電車が止まり、私がもたれていたドアが音をたてて開くと同時に夢から醒めました。見渡すと、太った日本人の中年たちが疲れた顔をして座っていたのでした。
 
 さらに思いつきを蛇足。
 異世界を往還するファンタジーは古今東西たくさんあります。桃源郷、月や火星、鏡や不思議の国、巨人や小人の国、パラレルワールド、アマノン国などに行き、人は常識の埒外の世界に遊ぶのです。むかしからある物語の類型のひとつであり、民俗学では「異郷訪問譚」などと呼ぶんだとか。
 日本に生まれて初めて出くわすそのタイプの物語は、もしかすると『浦島太郎』かもしれません。もともと蓬莱(常世国)を往還する伝説で、記紀にも登場するんです。私はあの話を以下のように解釈しましょう。すなわち、農耕をはじめたあとの日本人が海を渡って漁撈生活をする狩猟採集民に出会い、彼らと歌って踊ってよろしくやって……。計画的に種まきや収穫をしなければならない農耕民と違い、狩猟採集民にカレンダーはありませんから、太郎は時間も忘れるはずですよ。あれ、でも浦島太郎は農民ではなく漁民か。
 そういえば、『失われた足跡』の主人公が書く日誌から、いつしか日付が消えます。

ありがとうもごめんなさいもいらない森の民と暮らして人類学者が考えたこと

ありがとうもごめんなさいもいらない森の民と暮らして人類学者が考えたこと

 

筋膜リリースグッズ

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 しばらく前から、セルフ筋膜リリースに、スキンストレッチ(公式HP)のツールを使っています。浅筋膜にアプローチする道具で、重みを利用して皮膚をこすります。私は足底筋膜炎のときにグラストン・テクニックにお世話になりましたけど、スキンストレッチはむやみにグリグリやらない考え方らしい。
 最近、左足がアキレス腱炎っぽいのです。ジョグではスタートして1キロくらいは結構痛みますし、ジャンプ系のトレーニングをしても痛いんです。
 かかる場合、アキレス腱に直接湿布を貼るだけではダメなこともあります。トリガーポイントというか、別の部位に原因がある場合も多い。さきほどこのツールでふくらはぎを撫でていると、左足の腓腹筋にカリカリと引っかかる感じがありました。ここの筋肉がうまく使えず、アキレス腱に負担がかかっているのではないか、と感じて、しばらくこすってみました。
 あら不思議。治ったような……?
 
(夜ジョグ後、追記=まだ少し違和感がありました。ゴシゴシゴシ……)

『所さんの目がテン!』面白かった。

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 4週間連続で狩猟採集民ハッザ族と生活するという『所さんの目がテン!』(日本テレビ)。1回目の放送を視聴しました。
 男女2人のタレントがタンザニアの奥地に暮らすハッザ族と出会い、男性タレントが寝る小屋をみんなで建て、就寝するまでの、たった半日のドキャメントでしたが、狩猟採集生活の特徴を的確に捉えて列挙したのは見事でした。たとえば、少年が弓で射落とした小鳥を焼いてみんなで分けて食べる様子を映しながら、彼らが平等分配社会であると伝えました(VTRを見た所ジョージは、あんな原始的な弓で、大人ではなく少年が、獲物を簡単に捕えたことに驚いていました)。
 うえの画像のふたつめの特徴「年齢の概念がない」は、時間の観念が稀薄だということです。きっちりと1年のサイクルを計算し、カレンダーを作ったりするようになったのは、播種や収穫を繰り返し計画的に生活しなければならなかった農耕生活以降のこと。1年がグルグルとループしない狩猟採集生活では、年齢という概念がないのでしょう。
「男女で役割を分けて生活している」ともありますが、母親はうちに籠もって子守りをしているという意味ではありません。彼らはたとえば、男は狩猟、女は採集というふうに役割分担をしている男女共同参画社会です。子育ては、母親や夫婦だけでなく血縁集団全体でおこなわれます。いまの「保守」のみなさんは「お母さんはうちで子育てせよ」とおっしゃいますけど、専業主婦なんて概念はつい最近できたものですよね。
 この特集、来週以降も期待できそうです。監修者がいるんだろうとクレジットを眺めると、「津田塾大学 八塚春名」という名前があったので、メモ。

『所さんの目がテン!』にハッザ族が出る!

 明日10月6日朝7時から、『所さんの目がテン!』(日本テレビ/全国で観られるかどうかはわかりません。→番組HP)という番組にハッザ族が登場するそうです。なんと、4回連続で彼らを採りあげるとのこと。やれ、うれしや。最近、スポーツ中継くらいしかテレビを観ないので、所ジョージも久しぶりだわ。
 ハッザ族は東アフリカ・タンザニアに暮らす人びと。1999年の推定人口は1,000人だと、ものの本に書いてあります。それから20年、彼らが昔のままの生活を続けているかどうかはわかりません。

30年前の消費税10%論?

 消費税が10%に上がりました。「8%から2%上がった」と言われますけど、正確には25%のアップです。軽減税率があると喧伝していますが、単に税率を据え置いた品目があるということだし、かえってわかりづらい。老後に備えて貯金しろ発言(撤回)もあり、今後、消費が伸びる要素はありません。景気がどんどん悪くなりますよ。

 1988年だったかな。消費税導入が議論となり、各地でデモが起きました。経済音痴の私でも逆進性が高い税制ですから警戒しました。一方、テレビに映るデモ参加者(多くは女性)が口々に言う反対理由に違和感も抱いたのです。「消費税が3%になると財布に1円玉が増える」「お菓子を買いに行く子どもに1円玉を持たせるのか」って。……皮膚感覚だか主婦感覚だか知りませんけど、財布に1円玉が増えるから消費税反対なんて税制議論の本質と遠すぎる。理性の破滅と感じたのです。

 翌年、4月に消費税が導入されました。消費税率は3%です。
 その夏、大学4年になった私は就職活動しました。
 某社の集団面接(面接官3人と学生5人)では、矢継ぎ早にくだらない質問をされます。ほかの学生はマジメに応じますが、内容よりも咄嗟の反応を見ているのだと感じた私は、わざと他の学生と逆の発言をしたり冗談を繰り出しました。
 たとえば、「松田聖子と中森明菜はどちらが好きか、理由とともに答えてください」と質問されます。中森明菜が自殺未遂をした直後で同情を集めていたときでしたから、みんなが中森明菜が好きだと言いました。私は松田聖子だと答え、なにか理由をくっつけました。
「嫌いな女性のタイプは?」という質問には、「一度使ったサランラップを洗ってもう一度使う女です」と答えます。すると、面接官のおじさんがヒャヒャヒャと笑い、椅子からズリ落ちそうになりました。
「消費税には賛成か反対か。はい、今度はそちらから」と私と反対側の学生が指名されました。順々に答える学生4人は「1円玉が増えるから反対です」と判を捺したように答えるのです。これはどうしたわけでしょう? 例の、理性の破滅論理ではありませんか。私は少しムッとして「賛成です。1円玉がイヤなら、消費税は10パーセントにすればいい」と言いました。また、さっきのおじさんがまた腹をよじって笑いました。(あとで知ったのですが、その人は人事部長でした)
 帰宅途中の電車内で、消費税が10パーセントでも1円はなくならないことに気づきました。これはしまった。面接に落ちたかな、と不安になりました。(結局、その会社に12年間お世話になりました)。

 あれから30年……ほんとに消費税10%になりました。でも、当時みたいに与党に逆風が吹きません。もしかして……キャッシュレス化が進んで1円玉は溜まらないからでしょうか? 昭和の終わり、みんなが1円玉がイヤだと言ったのは本気だったのかもしれません。

世陸・競歩、阪神、ベケレ、ラグビー……

 世界陸上ドーハ大会の50キロ競歩、男子は鈴木雄介が優勝。おめでとうございます!
 男女ともに現地時間23時30分号砲。それでも優勝タイムが4:04:20とは(私の50km「走」の自己ベストより10分以上速いとはいえ)……。高温多湿の苛酷な条件だったと推察されます。スタートした選手のうち男子は3分の1が、女子は約4分の1が途中棄権しました。彼らのダメージが心配です。
 どうする、東京オリンピック。ビジネスだし、選手が苦しめば苦しむほど感動できるから、これでいいのか? 教えて、織田裕二!

 午後は出かけたかったのですが、事情により自宅にくぎづけ。ベルリンマラソンと、阪神タイガースの中継と、ラグビーのウェールズvs.オーストラリアを切り替えながら観ていました。
 マラソンは2時間2分くらいのぺーサーに数人ついています。村山謙太選手は映りませんが、25キロあたりまでは日本最高記録を凌ぐペースらしい。
 おっと、タイガース勝利。残り1試合を勝てば、カープを抜いてCS進出です。私はカープファンだけど、ジャスト5割で日本一を狙ってなんかほしくない。タイガースが勝ってもかまいません。ラグビーはオーストラリアが追い上げてるね。
 マラソン男子は、ケネニサ・ベケレ(37歳)が一度は先頭集団から離されたものの、後半、グイグイ追い上げてついにトップ! おおお! 2時間2分台かと思われましたが、40キロ過ぎて時計をチラチラ見ながら世界最高記録を狙います。行け、行け、行け、行け! 残念ながらキプチョゲの2時間1分39秒に2秒及ばず。でも、ベケレ大復活。素晴らしいレースでした。

 この2日間、スポーツをたくさん観ました。国民に、スクリーン(映画)、スポーツ、セックスを与えて政治を忘れさせよ、という愚民政策を「3S政策」と言います。スポーツばかり観てちゃいけないなと反省しつつ、とにかくベケレはすごかった!!