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弱点克服(1)足の外旋……ストレッチ&ランジウォーク。

 京王線・聖蹟桜ヶ丘から徒歩数分、アルトラを中心にナチュラルランニングのシューズなどを販売するSTRIDE Labがあります。最近、そのお隣に、ランナーを中心にフォームチェックやメンテナンスをしてくれるTREAT(リンクはFB)がオープンしました。

 私も、TREATで1度診断してもらいました。いくつかのテストをやって、私のフォームの欠点を正確に指摘されたのには驚きました。
 身体の硬さ・腹圧・膝がきちんと伸びる局面がないこと、など、すべて、見て見ぬふりをしてきた欠点ばかりです。この身体の硬さでフル3時間9分はある意味すごいと言われました。私より身体が硬くてサブスリーを何十回もやっている人は知っていますけど、たしかにあの人のフォームもぎこちなかった。
 ……というわけで、しばらく自分の弱点改善のためせっせと頑張っています。

 身体の硬さ……とくに今日は足の外旋可動域について書きます。
 外旋とは、立ったまま、股関節をねじって膝やつま先を外に向ける動きです。解剖学的にいえば、通常、股関節の外旋角度は60度くらいだそうです。
 走っているときに、身体の軸に対して骨盤が15度回転した状態だとすると、前方にまっすぐ振り出される脚の股関節も、15度外旋していることになります。
 私の場合、骨盤が捻れているときに股関節の柔軟性が追いついていないので、進みたいベクトルに対してやや内側に接地することになります。ああ、なんということでしょう。あたしはスピードを上げてストライドが伸びるほど、ジグザグに進んでしまうわけです。TREATでは、それをきちんと指摘されました。

 その弱点を解消するために、あいかわらず動的ストレッチマシン「ホグレル」を設置したジムに週3回程度通っています。まだまだひとさまに笑われる硬さですが、今日、「いつもより足の外旋ができてきたかなあ……?」程度の感触がありました。
 また、ランジウォークを再開しました。
 以前、毎日のようにランジ50歩をやっていた時期があったんです。ある日、4:30/kmで10kmのペース走をしようと思ったら、腹部がよく伸びる感覚があり、4:10〜15/kmで走れます。おかしいなあ、これじゃ10km続かないかもなあ、と怪訝に感じながら、そのペースで進んで15kmか16km走りました。ハーフを90分切りしてない私ですが、たぶんその日は切れたでしょう。
 なにかの大会が終わったのをきっかけにランジウォークをやめたら、腹部の軟らかさはなくなりました。ランジも足の外旋可動域の改善や大腰筋のストレッチにつながるわけですから、続けていくことをここに誓います。
 
 今後も気持ちよく走るために、できることはみんなやる。

 ランジウォークと書いたのは、高岡氏の動画のようなものです。
 片手を挙げることにより、大腰筋のストレッチにもなります。


書籍「ゼロベースランニング」P118◉余計な筋活動を抑える〜ランジウォーク〜

萩往還のダメージ、その後。

 萩往還マラニック250km完踏のあと、うすらぼんやりと過ごしております。昼夜逆転型の私ですが、ここんとこわりと早寝早起きです。大会後、1週間くらいはお腹が空いてしかたなく、むやみやたらと食べていた気がしますが、体重は許容範囲……というか減少傾向。今朝の体重は60.5kg。体脂肪率7.8%でした。
 倦怠感や筋肉痛はほとんど消え、きのう14日(日)は、ママチャリ駆って多摩丘陵の坂道をガンガン登ってみました。大丈夫でした。
 右足の拇指の付け根というんでしょうか、横アーチの内側部分あたりの皮膚がめくれて化膿しています。違和感のあるソックスを脱ぎ、素足でシューズを履いた代償です。暑さによりシューズ内の温度が高くなったことも傷を悪化させたのでしょう。膿んでむず痒いなんて子供のころ以来で、なつかしくもあります。もう少しで治るかなあ。カサブタになっている傷もたくさんあります。
 大会が終わって1週間くらい萩の往還道を走る夢を毎朝見ていました。それもなくなり、ようやく通常に戻れそうな気分。
 そろそろ秋冬に向けて再始動です。

萩往還 完踏率

 ナイキのBreaking2の話など書きたいことあれど、まだもう少し萩往還マラニックの余韻にひたってぼんやりしていたい。仕事はせっせとやってます。

 さて、第29回山口100萩往還マラニックのリザルト(速報)が出ていました。
 各部門の完踏率は下記のとおりです。

  完踏率 完踏/出走
250kmの部 51.6% 295人/572人
140kmの部 55.7% 327人/587人
070kmの部 78.1% 406人/520人

 猛者が集まるからか250kmの部はたいてい140kmより完踏率が高いんですが、今年は逆転していました。例年より参加者が100人くらい多く、250km初挑戦の割合が高かったからかもしれませんし、140kmの部がスタートする前の5月3日が暑かったからかもしれません。私はぼんやりしていたせいで初日と2日目の体感温度を比較できないのですが……。私は走れなくなった2日目の昼に、熱中症の危険を感じ、何度か水を浴びました。

 下の表は過去5年の完踏率。ブルーは、私が参加した部門です。2014、2015年は参加していません。

  2017 2016 2015 2014 2013
250kmの部 51.6% 58.8% 47.5% 57.8% 63.5%
140kmの部 55.7% 56.7% 39.4% 58.3% 59.1%
070kmの部 78.1% 81.9% 82.4% 83.8% 88.1%

 2015年は、140kmの部がスタートした夜がたしか土砂降りで、そのため完踏率が低くなっています。2016年は250kmの部が大雨に見舞われ、距離が少し短縮されました。
 萩往還に関しては、私は晴れ男で、今回、最終日の朝ににわか雨に見舞われた以外は晴れていました。もちろん暑さもリスクではありますが、装備が軽くてすむという点では恵まれています。
 各部門を一度でクリアできたのは幸いでした。来年は応援にまわります。

萩往還マラニック参戦記(後編)176km〜

前編から続く……またこのルートマップをご参照ください】

 だらだら荷物の整理を終えたら22時50分になっていました。
 宗頭文化センターの2階の大広間で30分ほど仮眠するつもりでした。隣で横になったMくんが一瞬寝息をたてたあと、私もめまぐるしく展開するシュールな夢を見ましたが、スマホを見れば5分と経ってないのでした。いびきや、誰かが荷物を整理する周囲の音が聞こえ、もう眠れません。隣を見ればMくんもスマホを見ていたので、声をかけて1階で軽食を摂りました。準備をしていた数名でまとまり出立したのは23時45分くらいです。

★5月4日(水)0時〜
 どなたかが「宗頭文化センターを0時に出れば全部歩いても完踏できる」とブログに書かれていました。異論もあるようですが、その説を信じることにしました。
 数人まとまって藤原商店を左折。大通りに出るまでの上り坂は真っ暗です。1人だったら心細かったでしょう。この夜はずっとMくんと走りました。
 月がぼやけていた前日と違い、今夜は星が綺麗に見えます。
 三見駅CP(188.6km)からしばらく暗い道をくねくね走ります。何度も踏切を渡るせいかお化けが出るという噂があるらしい。ねぼけた人が見間違えたのサ。お化けがイヤなのか、見知らぬ方がついてこられて3人になったのはかまわないんですが、その方が一方的に喋りつづけるのでMくんも私も眠気でフラフラでした。
 住宅街が近づくと、さきほどの方はさっさと進んでいかれました。われわれは私設エイドで頂戴したコーヒーでやや復活。玉江駅エイド(195.5km)まではその晩いちばんのスピードで駆け抜けました。
 ここから先は140kmの部のコースと重なります。夜が明け始めました。
 虎ヶ崎CP(207.4km)に到着したときは朝6時半をまわっていました。椿の館で私は3年ぶりにカレーの大盛りを、胃をやられたというMくんはうどんを食べ、軽装になって7時にスタート。結局、昨夜もあたたかく、私は半袖+長袖+うすいジャケットと短パン程度で走りました。二晩ともグローブは不要でした。
 Mくんとはここで別行動に。私は彼にやや遅れて虎ヶ崎の短いトレイルを走りましたが、石を踏むと傷だらけの足裏が悲鳴をあげます。
 金照院CPに向かう途中、毎週50km走の練習をして140kmの部に臨んだ同級生や、ギリギリで完踏をめざす250kmの部の知り合いとすれ違います。みんな頑張ろう。
 にわか雨に見舞われたあと、今日もカンカン照りになりました。陶芸の村CPを過ぎたら、70km、35kmの部とすれ違います。陶芸の村を降りかけたところに70kmの部の1位の選手が颯爽と走ってきました。トップランナーのタイムからしてつまり午前8時半くらいだったのでしょう。
「足首が赤くなっていますよ、大丈夫ですか」と後続のランナーに指摘されました。「歩きながら日焼け止めを塗ったので、塗り忘れたところが灼けたんでしょう」と答えましたが、そのころすでにかなり浮腫んでいたのですね。

★5月4日(水)?時〜
 このあたりから記憶があやふやです。
 70kmの部、歩け歩け35kmの部のみなさんとすれ違うたびエールの交換をしました。
 往還道では三つの峠を登ります。一升谷は難所ですが、上りは結構すすめました。難儀するのは下りです。筋肉のダメージより先に足裏が次第に衝撃に耐えられなくなり、下りどころか平坦な道も走れなくなってきました。小石はもちろん、雑草を踏んだりしてもイテテッと声が出ます。
 寝不足のため相変わらずぼんやりしていて、橋を渡るときなど、川に吸い込まれそうになるためなるべく真ん中を歩きました。怪我だけはしたくない。
 あれはどこだったでしょう。Mくんが休んでいて、「足が止まった。完踏は無理かもしれない」と言いました。以降、ずっと心配していたんですが、その場で何と声をかけたか記憶しません。
 進みながら考えました。ベテランのウルトラランナーの多くはズルッ、ズルッと摺り足で走ります。早歩きも摺り足です。そのたびブレーキがかかりますが、着地衝撃が少ないことも事実の一面です。私もMくんもマラソンのときと同様、摺り足ではありません。しかしバネを活かして起伏やトレイルのある超長距離を走りつづけるには、私たちが履いていたアディゼロ Japan boost3 は薄すぎたのではないか。次に走るなら HOKA One One でも試してみるかな。走らないけど……。
 右足首痛が出てきて底屈しにくくなりました。踏みこむとズキッときます。
 佐々並エイド(236.8km)で10分仮眠をとろうとスマホのタイマーを設定してみたけど、やはり寝られません。しかたない。あと一山15kmがんばろう。一歩一歩進めばそのぶんゴールに近づくのです。
 4年前に70kmの部を走った自分は、250kmの部の選手を全員尊敬しながら見ていたのです。だから遅くてもいいじゃないか。

 完踏し、4年前の私にメダルと完踏証を見せてやろう。

「自分にそんなことができたのか」って当時の私は腰を抜かすはずです。
 それに、もしリタイアしたら、来年もう一度やることになります。

 こんなこと、二度とやりたくない。這ってでもゴールするぞ。

 長いロードで、お日さまに照らされながら、私は白昼夢を見ているのでした。具体的に記憶していませんが面白い夢が次々浮かんできます。幻覚って怖いもんじゃなかった。超ウルトラトレイルランナーに元ジャンキーがたくさんいるのもわかります。いろんなものが顔に見える現象も続いていました。道に落ちた笹の葉などのランダムな模様は全部文字に見えます。宇宙人が私にメッセージを伝えているのだな。前の若者が同じようにフラフラしているので話しかけると、彼も夢ごこち仲間でした。
 板堂峠を登っていると、おお、前方にS食堂のIさんと、今年はエイドにまわった同級生がおる。予告どおり私設エイドを出してくれとるんじゃ。140kmの部をリタイアした女性Kさんもいました。あとで聞けば、私は「わしの周りにいろんなものがおるでえ」と言いながら近づいたそうです。コーヒーをご馳走になってからさらに登りました。15時くらいかな。
 上りが終わって、下りの石畳にかかりますが、無念です。足裏と足首の痛みで歩くのが精一杯。石畳に浮かぶ顔と、葉っぱでできた秘文字を見ながらよちよち歩きです。
 やっとアスファルトに出ました。しかたねえ、こちとら歩きよ。
 ウエーブスタートで21分後に走り始めたため、17時20分までに着けば46時間台の記録となります。速かないけど足裏を血だらけにしたんだから今日はそれで許してやろう。
 ゴールまで数百メートル。最後のコーナー前後から、沿道に人があふれているので、いちおう走るふりをします。沿道からの声援に減らず口たたいて応じているうち、一瞬ウルっときましたが、ハイタッチで忙しく感傷はかき消されました。
 香山公園に入ると、同級生たちやS食堂のIさんの顔が見えます。
 毎年ゴールシーンは撮影されます。残り少ない瞬発力を振り絞ってジャンプ。ちゃんと写真におさまっているかな。

 メダルをかけてもらいました。完踏証を見ると46時間50分台。みんなのところによろよろ寄っていき、メダルは「お店に飾ってください」とIさんに進呈しました。完踏証とCPシートは宝物にします。f:id:mugibatake40ro:20170508182846j:plain

 4年前の私、この完踏証を見よ!

 ベンチに座っていると、徐々に知り合いのランナーがやってきました。もしかするとリタイアしたんじゃないかと思っていた知り合いも見えます。パッと立って出迎えられないのがもどかしい。
 あっ、Mくんもやってきた。私がフィニッシュできたのは半分彼のおかげです。
 みんな諦めず、がんばった!\(^o^)/

5月4日(水)18時〜
 ひとくち飲んだとたんひっくり返って寝てしまったというエピソードも聞くので、ビールは打ち上げまで控えました。60時間くらい寝ていません。足を引きずりながら荷物をピックアップし、ラン仲間の車で湯田温泉のホテルに運んでもらいました。
 チェックインのあと部屋に入り、血で固まったソックスをメリメリ剥がしました。足首から先がフグ提灯みたいに腫れあがっています。心配していた足裏を覗き込むと、余計な皮膚は剥がれ、くっつくものはくっつき、見た目は思ったほど悲惨ではありません。化膿している箇所はあるものの血だらけのドロドロではないのでした。日焼け止めが合わなかったのか、(翌朝ほとんど消えましたが)太腿の前面に発疹が赤く広がっています。そこにも人類の秘密を解き明かす文章が綴られているのでした。世の中は暗号に満ちている。ただ、読み解こうとしないだけだ。
 シャワーを浴びたい。トイレにも行きたい。しかし、ユニットバスの30センチ程度の段差をなかなか上れません。困ったぜ。
 苦労してシャワーを浴び、時間をかけて着替え、徒歩2分のお店まで10分以上かけて歩きます。駐まっているはずの車がグングン大きくなって迫ってくる。まだ幻覚が続いているのだな。飲む前に轢かれてたまるか。
 すでに始めていた10人くらいの仲間に割り込んで、ビールを注文。
 おや、壁紙の模様や刺身のツマにも地球の先住人が残した暗号が書かれているのだ。

 乾杯!


萩往還マラニック参戦記(前編)スタート〜176km

 以下、どなたかが作ってくださったルートマップをご参照ください。

 第29回萩往還マラニック250kmの部に参戦しました。
 今回の日記は、どこに何時何分に着いたという詳細や、エイドの食事の写真などがほとんどないので参考にならないかもしれません……あらかじめお断りしておきます。

 萩往還250kmの踏破は、心のタスクリストに太字で記載したままでした。2017年と18年の2大会をもって終了するという話を聞き、挑戦を決意した次第。250kmの部を走らないうちに大会がなくなったら後悔します。
 この1ヶ月くらい仕事が忙しかった。連休の谷間の5月1、2日を空けるため、毎日明け方まで仕事していました。5〜7時に寝て10〜11時に起きる生活。萩往還は二晩徹夜で走るようなもんだから、寝ない練習と考えていました。もともと昼夜逆転型ですけどね。平日なかなか走れないのはストレスが溜まりました。

5月1日(月)大会前日
 スタート前日。広島県の郡部出身の私は広島市内のホテルに泊まり、萩往還出走する同級生ほか8名くらいでプレ飲み会をやりました。会場はサブスリーランナーIさんがやっているS食堂。Iさんは昨年250kmに参戦して残念ながらリタイアされています。今年はエントリーせず、われわれをサポートしてくださいました。
 ご存じの方も多いと思いますが、250kmの部は2日18時、140kmの部は3日18時、70kmの部は4日6時に山口市の瑠璃光寺の五重塔前(香山公園)をスタートし、各部4日の18時までに戻ります。歩け歩け35kmという部門もあり、4日6時にスタートして、70kmの往路にあたる35kmを踏破し、バスで帰って来ます。
 私は70kmの部を4年前、140kmの部を3年前に完踏。ただ、その後2年間ご無沙汰していました。事情によりウルトラには積極的でないので、萩往還の140kmのほかに100km以上の大会を走ったことはありません。時間を度外視すれば長い距離に抵抗はありませんが、知り合いを見る限り、(その後何度も完踏しているランナーであっても)初参加時にはリタイアが多い。それが不安材料のひとつでした。

★5月2日(火)スタートまで
 翌朝、つまりレース当日。少し酒が残っていたので水をがぶ飲みしました。
 250kmの部を走る知り合いのMくん(彼もサブスリーランナー)の車に同乗させてもらい、山口入りしました。お昼前には受付や食事、着替えをすませました。
 15時からの説明会で印象に残った話のひとつを紹介しますと……。
 前回の大会で「わたしギリギリまで頑張れるんです」という女性が入院してしまった例を挙げ、大会委員長は次のようなことをおっしゃいます。「限界まで無理して頑張る必要はありません。70キロの部の人にとって、白ゼッケン(250kmの部)のランナーは全員神々しいんです。スタートするだけで誇っていい。たまたま体調が悪くて第1チェックポイント(以下、CP)でリタイアしたって私は充分立派だと思いますよ」
 なるほどそうだった。4年前、70kmの部を走った時は、山から転がるようなスピードで駆け抜けていく人ももちろん、意識朦朧としてふらふら歩く人も、250kmの参加者はみんな超人に見えました。あのときの私には信じられないでしょうが、今日の自分は白いゼッケンをつけているのです。
 説明会場やスタート地点で全国から来た知り合いと再会、声をかけあいました。

★5月2日(火)スタート。18時〜
 いよいよ、18時からウエーブスタートです。f:id:mugibatake40ro:20170507163055j:plain
 私は最後から2番目のグループで、約21分遅れてエイエイオー。瑠璃光寺の五重塔が見える香山公園から走り始めました。ほどなく前のグループでスタートしたMくんに追いつきます。彼は余裕を持って制限時間いっぱい使うプラン。一方、私は例によってノープランです。Mくんはコースの予習が完璧で、以後助けてくれることになります。フラットな川沿いをゆるゆる走ると、だんだん日が暮れていきました。
 最初の上郷エイド(13.2km)でMくんと別れます。じつはすでに身体が重く、人と走る状態ではなかったのです。とくに左のハムやお尻が痛みます。カーフガード、ソックスともに、過去にレースで使ったモデルですが、この日はなんだかしっくりこない。それらを順に脱ぐとラクになりました。が、素足でシューズを履いたため、すぐに右足裏の皮が剥けて出血。さらに左足の甲や足裏もズルっと剥けました。無視していましたが、だんだん痛みがひどくなります。まあいい。全身だるくなって足の痛みが目立たなくなるのを待つことにしました。
 なんだか風邪っぽい気がします。半袖+短パンだったのですが、長袖やウインドブレーカー、ロングパンツなどを重ね着しました。半袖姿で夜通し走った方もいたので、明らかに私は厚着でした。
 体調がよくないのかなあ。
 すでに目標は「リタイアしないこと」になっています。

★5月3日(火)0時〜
 最初のチェックポイントである豊田湖畔公園CP(58.7km)に到着したのは1時50分くらいだった模様。ペースは上がりませんが、前後に人が多く、ひとり旅にならなかったのはありがたかった。軽食摂って、水を補充して走ります。
 足裏の痛みはどんどん増しますが、まだ走れるのだ。これしきでエントリー料3万8千円をフイにしてなるものか

 最初の夜に仮眠をとる人は少ないと聞いています。
 周りのランナーと会話しながら下りを走っていたら真横でドサーッと音がしました。振り向くと、転がったザックの中身が前方に飛び出し、さらにその先にランナーがヘッドスライディングしています。「大丈夫?」と声をかけたら「大丈夫です。寝てました」と返事しながら、立ち上がってザックを拾いに行きます。かかる場合、みんな反射的に大丈夫だと言うんだけど、平気じゃない場合もあるよなあと心配しつつ、勢いのまま通り過ぎてしまいました。
 約80kmの新大坊エイド(下の写真)では、「車道をふさいだランナーがいたので警告を出した。みなさんも注意してください」と、大会スタッフから指示。

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 87kmの油谷中学CP(下の写真)に着くころは夜が明けていました。リタイアを宣告する人がちょいちょいいます。

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 預けていた荷物から必要なものを取り出します。近くの食堂で梅干しを何個も入れておかゆを食べ、再スタート。後方からMくんがやってきました。彼は計画的に休憩を入れているらしく、前にいると思っていたら後からやってきたことが何度もありました。
 足の痛みもあり、この辺りではだんだん走れなくなり、ウォーク率が高くなっています。早朝だけどすでに暑い。半袖短パン姿です。
 スタートしてから約13時間。つまり朝の7時20分くらいでした。ちょうど100kmあたりで大失敗をやらかしました。98.5kmの俵島CPを見落としていたのです。一緒に進んでいたランナーに確認し、トボトボ戻ることに……。140kmの部を走った時も、約6kmロスしたんですよ。やはり100kmくらいのことでした。逢魔が時ならぬ逢魔が距離ですな。
 今回はタイムを狙わないこともあり、「いいネタができた」くらいに感じていました。逆走していると、みんなから「どうしました?」と不思議がられます。「チェックポイント見逃しました」と照れ笑いを浮かべると、気の毒がられたり呆れられたり、なかには「ダメじゃないか」と叱られたり。「前回、ぼくもここでやっちゃったんですよ」という方もいました。Mくんともすれ違いました。
 1.8km戻ると、「俵島」と大書された看板と、チェックシートに押すパンチがありました。たしかにさっきもこの看板は見たんです。女性ランナーが立ち止まってスマホで撮影していたので、「なんでこんなもの撮るんだろう?」といぶかしく思いながら通り過ぎたんですよね。つまりボーッとしていたのです。往復3.6kmのロス

 足裏が麻痺していたのか、わりと走れる時間帯で、きつめの下りも平気でした。ただ、日頃から傾斜に応じてスピードを上げて降りるのが癖になっています。ブレーキをかけてゆっくり下っても、バンバン足を打ちつけても大腿四頭筋にダメージが残るでしょう。このあたりの加減がわかりません。

 晴れて、かんかん照りでした。暑くて周囲が眩しい。サングラスが必要だったか。

★5月3日(火)12時〜
 立石観音CP(117.8km)から、東京からのウルトラランナーと併走することになりました。今回で10回目なんだそうです(今回完踏したら、翌年表彰されます)。さすがに道に詳しく、的確に誘導してくださるので思考を節約できました。感謝です。ウルトラについてもいろいろ伺いました。
 途中、津黄竜宮の潮吹という名所に向かう車の渋滞ができていました。歩道がしっかり確保されていない狭い道で、渋滞が起きている逆側を走るんですが、わずかなスペースを縫うように対向車が走ります。寝不足でふらついているランナーが引っかけられてもおかしくありません。
f:id:mugibatake40ro:20170507163108j:plain 千畳敷CP(125.4km)には12時45分くらいに到着。ここへ向かう激坂はきつかった。ローギアベタ踏み級の真っ直ぐな道が空にむかって続いています。風が強く、風力発電の風車がびゅんびゅん回っていました。
 足の調子が悪くなり、ご一緒した上記のランナーとは日置エイド(131.2km)で別れました。そこからは、100歩走って30歩歩いたり、50歩進んで15歩歩いたり、と、ひたすらラン&ウォークで前進。
 湯本温泉CPに右折する直前のセブンイレブンでソックスを購入しました。ひさびさに足の状態を見ると、あちこちむけた皮膚が痛々しい。穿いたソックスに、すぐに血がにじみました。シューズに足が入りづらいのはソックスが厚いせいではなく、すでに浮腫みはじめていたのでしょう。素足でなくなっても痛みは軽減されず、一歩一歩、ジンジン響きます。またしても50歩ラン+15歩ウォーク、50歩ラン+15歩ウォーク……。
 エイド&ゼッケンチェックの仙崎公園前(152.2km)を過ぎると、青海島・静ヶ浦キャンプ場の往復12kmが始まります。昨年は悪天候のためカットされたエリアです。いやはや、こちらもかなりのアップダウン。山口県って坂しかないのでしょうか?
 写真は青海島の海岸沿いから、法瀬の鼻という場所を臨んだところだと思います。綺麗な景色をじっくり見ないで進むなんて勿体ないなあ。

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 静ヶ浦キャンプ場のエイドで大盛りカレーを食べていると、Mくんが現れました。日が落ち始めたので、重ね着してヘッドライトを装着し、私は一足先に再スタート。
 ふたたび仙崎公園前でゼッケンをチェックされ、いよいよ仮眠できる宗頭文化センター(176.2km)に向かいます。しばらく暗い道を1人で行きました。地図を見ながら歩くと、足を踏み外し、道脇から40〜50センチ下の、葦らしきものが生えた草むらに落下しちゃいました。右足を着地したあとよろけます。尖った茎に手をついて、ブスッとやったらリタイアだなと覚悟。手をついたあと身体ごと転びましたが、さいわい無傷でした。お恥ずかしい。前後には誰もいなかったようです。
 スタートから26時間くらい経ったでしょうか。広島で目覚めたときから考えれば37時間寝てないことになります。
 このころから、幻覚が始まりました
 アスファルトに引かれた白線が劣化して、たくさんの筋が入っているのですが、これが全部人間の顔のつらなりに見えます。途中で抜かれたMくんがコンビニで休んでいたので、声をかけて数キロ一緒に走りました。あれ、私の真横にもうひとりの私が走っています。あんた、誰?
 やっとこさ宗頭に着いたのはジャスト22時
 いろんな方からの情報を綜合して、なんとか21時くらいまでには着きたかったので、少し遅いと感じていました。周囲から「昼間暑すぎて例年より距離を稼げなかった」という会話が聞こえてきます。
 荷物の整理をしたあと、毛布を敷いてある大部屋に入り、Mくんと隣り合わせて横になってみました。

後半に続く】

付け焼き刃ロング走、終了……4月23日は31km走。

 ロング走……といえるのかな。
 5月の連休に行われる萩往還ウルトラマラニック250kmの部に向けた最後のロング走でしたが、仕事仕事で時間がとれません。連休に時間をつくるためにも仕事をこなさなきゃいけないので、つまりそちらも萩往還のためです。
 日曜日の夕方、3時間半だけ時間ができました。信号待ちなどを考えると30kmしか走れない。効率よくダメージを与えよるため磨り減ったソーティを履きました。最初はフラットな川沿い11kmを5:00/km以内のペースで走って時間の貯金をつくり、多摩丘陵のアップダウンに入りました。
 ここからは信号待ちもあります。頭のなかで「ゆるい上り&きつい下り」のコースを組み立てました。上りはゆるジョグペース、下りはバチコンバチコンとなるべくスピードを上げて走ります。着地のダメージを受ける大腿四頭筋(太腿の前面)を鍛えなきゃいけません。萩往還140kmの部を走ったときは序盤の下り坂を思いっきり走ったのがたたり、終盤は大腿四頭筋をやられて足が動かなくなったのです。のちに柔道整復師の先生から「大腿四頭筋はいちばん先に疲れるところだ」と笑われたもんです。
 なんとか計31km走って終了しました(アップダウンは19km)。

 3月中旬からのロング走は下記のとおりです。
 結局、50kmを越えるような練習をしなかったんですが、忙しいなか、やれることはやりました……と日記には書いておこう。

………………………………………
3/18土 31km(5'50/km)
3/19日 33km(6'43/km)
3/20月 31km(5'56/km)
★3日連続30km走。3日目がいちばん好調。
………………………………………
3/26日 40km(6'17/km)
★小雨。レインウエアを試す。
3月は310kmでした。前半は確定申告などで116kmしか走ってないので仕方ない。
………………………………………
4/1土 44km(5'43/km)
★うち33kmがアップダウン。
………………………………………
4/8土 28km
★大失敗。彩湖ウルトラ(70km)に参加したものの、足裏の広範囲の角質(いわゆるタコ)が痛んで、リタイア。
………………………………………
4/15土 30km(5'43/km)
4/16日 42.5km(8'30/km)休憩・信号待ちなども時計を止めず。
★疲れた状態で土曜日に30km。さらに足が終わっていた日曜日に1人フル。半分以上は坂道。
………………………………………
4/23日 31km(5'20/km)
★うちアップダウンは19km。
………………………………………

15日30kmジョグ、16日ひとりフル制限時間6時間、後編

4月16日(日)晴……42.5km(8:30/km)
 ううううう……。
 平日の高クッション性シューズでのジョグと、きのうの夕方30kmジョグで、朝起きたら、すっかり「足が終わった状態」です。
 しかし、これでいいのだ。
 くたくたになった状態からフルマラソンが本日の課題だから。
 朝9時半によーいドン! 制限時間は6時間です。
 痛むアキレス腱に湿布を貼り、途中ではがれないようカーフガードを履きました。
 暑いので短パン・半袖姿。
 ああ、くたくただ。
 それでもとにかく6時間動こう。
 最初の15キロくらいはアップダウン。萩往還の終盤を乗り切るためだと考え、きつい上り坂は歩きも入れながら、ともかく前に進みました。昼食はJR横浜線・相模原駅前の公園に座り、コンビニで買った軽食をささっと食べました。
 アップダウンを走っていたら、東京・町田市と神奈川・相模原市の県境を流れる川に出ました。その名も境川。そうだ、先週、久々にお目にかかった女性ランナーから、この川沿いに給水塔がたくさんあるとうかがったのです。川を下ってみると、おおっ、あるわあるわ。見つけるたび止まってスマホで撮影。給水塔でお腹いっぱいになったのは初めてです。町田駅あたりにポケモンGOのポケスポット(っていうんだっけ?)があるらしく、スマホをのぞく男女が大勢いました。「いまだにポケモンGOをやっているのはおじさんやおばさんだ説」は本当かもね。私ゃ断然給水塔GO!
 最後は辻褄を合わせ、制限時間6時間以内にフル完走です。(休憩や信号待ちふくむ)f:id:mugibatake40ro:20170420015722j:plain
 相模原市の「おふろの王様」に浸かりました。近くでハーフマラソンの大会があったようです。ランニングシューズを履いてやってくる人が多い。私は枝豆をつまみにビールを2杯飲んで、軽く1人打ち上げ。町田駅まで結構距離があるので、送迎バスに乗りました。
 バス車内では、たまたま乗り合わせた市民ランナー5、6人がラン談義。「東京マラソンに7年連続で落選してるんです」「一度はフルマラソンを走りたい」「フルを走ったら人生変わるらしいですよ」などと会話しています。その場にフル完走者はいなかったらしい。
 私は「なになにしたら人生変わるらしいよ」というセリフ、好きじゃありません。自分が体得したわけじゃない不確かな情報を他人に吹き込んでいるからです。
 フルマラソンを何度か(東京マラソンは4回)走った私の人生は変わったかなあ、と考えました。「死ぬまでに一度はフルマラソンを走りたい」と願わなくなったから、少なくともその点は変わったといえますけど……。
 物思いにふけっているうちに町田駅に着きました。

 以下、発見した給水塔です。

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▲神奈川県相模原市・県営上矢部団地。相模原駅の近く。麻布大学の隣。この給水塔は偉容って感じでした。

f:id:mugibatake40ro:20170420015711j:plain▲町田市・境川団地。北側(左)と南側の給水塔では、クビレの位置が違う。こういうタイプのを見ると、バンデル星人を思い出す……のは私だけ?(すみません、50がらみのおっさんの戯れ言です)

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▲町田市・都営金森第三アパート。

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▲町田市・森野団地。

15日30kmジョグ、16日ひとりフル制限時間6時間、前編

 3月中旬から始めた萩往還250kmのための週末ロング走。ええ、ええ、わかってます。しょせん付け焼き刃です。
 4月15日(土)16日(日)は、30kmジョグ+ひとりフルマラソンをやりました。

◎4月15日(土)晴……30km(5:43/km)
 木・金に、クッションが合わないナイキのシューズでジョグ。11kmと10kmだけだけど、すっかり足が疲れました。前回のエントリーに書いたとおり、ほんとうに走りにくい。とくにアキレス腱のダメージがひどいんです。
 さて、16日土曜日です。
 午前中はお見舞いのため、新宿へ。お昼を食べて少し休み、14時半ジョギングスタート。今日は、アディゼロJapan boost です。
 ひとまず成増に行くことにしました。新宿と池袋、成増、吉祥寺を四角く結んだエリアは、20〜30代にうろうろしたので土地鑑があります。
 成増を通って和光市へ。荒川に出て、武蔵野線にぶつかったあたりから南下して、新座駅で終了しました。給水塔はひとつしか見つからなかった。

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▲成増五丁目第2アパートの給水塔を和光市の高台から。

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▲へえ。荒川沿いは、小江戸大江戸200kのコースなんだ。

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▲美女神社ってなんだ!?

 

リタイアした話。

 4月8日、戸田・彩湖フルマラソン&ウルトラマラソンという大会で70kを走る予定でしたが、足がヒリヒリ痛み、28kで辞めてしまいました。
 一度、大会本部に寄ってハサミを貸してもらい、硬くなった左足裏の皮膚の角質(いわゆるタコ)をチョキチョキ切り取ったところ良くなったんですが、しばらくすると痛みがぶりかえし、左足が着地するたびに火箸を当てられているようです。泣く泣くリタイアしたのでした。萩往還250kmに向けて、3日連続30km走と並び、ロング走のメイン練習だったのに残念です。
 帰りがけ、角質をとるヤスリ(グラインダー)を買ってきて、毎日せっせと削っています。むかし、お風呂に軽石があり、父母が使っていましたが、私が踵をこするとただ痛いだけでした。そりゃそうよね、あのころのヤワヤワな足が欲しいわ。

ドクターショール ツインヘッド たこ取りファイル

ドクターショール ツインヘッド たこ取りファイル

 

f:id:mugibatake40ro:20170417130746p:plain ところで。
 数日後に気づいたことがあります。
 足裏ケアをしなかった私も悪いけど、その日履いていたシューズが合わなかったのです。
 ナイキエアズームエリート9でした。最近、ジョギングではアディゼロジャパン boost か無敵なんですが、萩ではクッション性の高いものもいいかな、と思い、試してみたんです。『BORN TO RUN』を読んで、絶対にナイキは履かないと決めていたのに、「先入観を持つのはよくない」とも最近考えていまして……。
 しかし、少なくともこのモデルは、フカフカしていて非常に走りづらい。クッション性が高いということは、路面から得た反撥をシューズが吸収してしまうので、弾めません。進もうとして力むせいなのか、非常に疲れます。とくにアキレス腱が痛むのは、フォアフットで着地したあと踵が接地する瞬間、沈み込んでアキレス腱がいつもより伸びるせいかもしれません。
 アッパーが案外ゆるく、足が動くせいでタコも痛むようです。
 ナイキのサイトを見るとサブ3.5用と説明されています。このシューズでキロ5で走れるものでしょうか? クッション性の高いシューズで走れないのは私が悪いから?
 よくわかりませんが、このシューズ、今後は短い距離のジョグで、マスコットバット的な使い方をしてみます。

夜のピクニック

 更新したいのですが、なかなか時間がとれず……。
 最近は、萩往還に向けて週末になるべくロング走をするようにしています。

 本日は、仕事の手をやすめ、深夜23時近くから1時間かけて11kmジョギング。
 数人ずつグループになって歩く高校生と、次々にすれ違うんです。
 長い距離を踏破する行事はいろんな高校にあるそうです。甲信越地方に多いと聞いたような記憶もあります。
 最後に追い抜いた6人くらいの男女に話しかけました。
「きみたち、どこからどこまで歩くの?」
 リーダーっぽい男の子が答えます。
「立川から蒲田までです」
 彼が言うとみんなそろってアハハハと幸せそうに笑いました。暗くて表情がはっきりわからないけど、賢くて素直そう。話している地点は、立川駅から6キロくらい離れた多摩川沿いです。
「あ、でも」とさっきの男の子が訂正します。「そのまえに、蒲田から立川まで歩きました」。即座にみんなアハハハ。
「蒲田と立川の往復かあ……ええっと、70キロくらい?」
「80キロです」アハハハ。
「何時から歩いてるの?」
「朝の9時からです」アハハハ。
「すごいね」アハハハ。
 最後に私が「頑張ってね」というと、みんな「ありがとうございます」と答えてアハハと笑いました。
 ええのう。「ハイ」になってる。

 それから1時間半くらい経って、これを書いています。
 彼らはまだ歩いているのでしょう。
 恩田陸の『夜のピクニック』みたいじゃのう。
 若いってええのう。
 頑張ってね。

夜のピクニック(新潮文庫)

夜のピクニック(新潮文庫)

 

 

40km小雨ジョグ……3月26日

 3月26日の40キロジョグ。
 小雨の降る中、少しひるみはしたものの、レインウエアを試す好機と考える。
 田無方面へ向かうと、いくつか給水塔を発見できたのです。
 いまんとこ、ロング走の喜びはこいつだけだな。
 上から順に、小金井本町住宅、都営田無芝久保三丁目アパート、都営西原一丁目アパート、田無北原町アパート。
 10キロごとに1塔ということで。

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3日連続30km走。

 ふう……ご無沙汰しております。書きたきことさまざまあれど、時間が許さぬ日々。
 仕事が詰まっていたうえ、確定「深刻」に追われ、ランも滞りがち。
 さて、土日と春分の日で3連休です。
 仕事も確定「深刻」も一息ついたので、すこしまとめて走る気でした。萩往還も1ヶ月半後に迫ってきましたし。
 毎週のようにやっていた30〜40kmジョグですが、今年は月に2回しかやってないようです。1月3日に非公認フル。1月21日に都内グルグルマラニック53km、2月12日と18日に30km。なんと、1ヶ月もやっていません。
 3連休のうち、すくなくとも2回はやらねば。

3月18日(土)晴のち曇……31km(5:50/km)
 初日の土曜日は、お彼岸の墓参。妻のほうの親戚の墓参で小平霊園に行きました。
 集まった親戚で遅めのお昼を食べたあと、アウトドア仕様の薄いダウンをザックにぎゅうぎゅう詰め込み15時半スタート。小平駅南口から多摩湖自転車道を直進し、多摩湖のアップダウンを久しぶりに一周。そのあと自宅に向かって南下。多摩湖が終わるとつまらないので、玉川上水の土のうえを5キロほど走って変化をつけました。
 走り終え、少し座ったら内転筋が悲鳴を上げるのです。どうした、内転筋!? 1ヶ月もロング走をしてないから身体が錆ついていますな。トホホ。
 相変わらず、新しい給水塔を発見するたび撮っています。写真は都営東村山萩山三丁目アパート。

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3月19日(日)晴のち曇……33km(6:43/km)
 昨日のランで案外くたびれました。全身が筋肉痛です。おかしいなあ、30km走っただけなのに。
 高校野球で、広島代表・呉高校の勝利を見て、13時40分ごろスタート。「3連休のうち、すくなくとも2回」の目標は今日片づけてしまおう。身体は重いけど、LSD ペースならいけるはず。
 本日は多摩川中流域から下流に進みます。強い横風に煽られました。
 退屈です。イヤだなつらいな休みたいな、30kmってこんなに長かったっけ? と、消極的なことばかり浮かびます。20km過ぎて、radiko のタイムフリーでTBSラジオ「久米宏のラジオなんですけど」を聴き、退屈をまぎらわせました。
 ときどき立ち止まって写真を撮ったりします。本日の給水塔は都営喜多見二丁目アパート。多摩川から見えました。桜は、大田区田園調布あたりかな。たしか二本だけ咲いていました。
 対岸にわたって南武線・武蔵新城駅でゴール。なんとか33km。

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3月20日(月・春分の日)晴かな?……31km(5:50/km)
 昨日ほどではないけど、今日も目覚めると気だるい。
「すくなくとも2回」が目標だった30km走、土、日でクリアしました。
 今日はどうするか。
 あれこれ済ませ、15時半スタート。30km走りたいけど、ダメージがある。キロ7分ペースのよちよちLSDでは、夕食までに戻れるかどうか微妙なところ。まあ、いけるとこまでいこう。
 おや、予想に反して案外走れます。疲れているぶん無駄な力が抜け、身体の中心だけ動かせば自然に前進する感じ。5:30/kmでも大丈夫そうでしたが、6:00/kmに抑えます。
 頭のタガが外れたみたい。昨日までは、時計を見ながら「まだまだ走らなきゃいけない……」とうんざりしながら走っていたのに、脳から「どんどんお行きなさい」と指令がでます。バカになっちゃったんだな。いくらでも走れる気になります。信号待ちで足止め食らうと、損した気分になるくらい。
 調子がいいので15キロから多摩丘陵のアップダウンを走ることに。少々きつい坂もこなして31kmで終了しました。
 最終日が一番ラクでした。以前はこんなふうに楽しみながら長い距離を走ってた気がするなあ。定期的に走っていれば、脳のリミッターが外れるんでしょう。自分の場合、週末のロングジョグは練習の根幹だな、と再認識した次第です。
 花粉? 黄砂? 顔はザラザラ。3日間でいろんなものを大量に吸いました。

走れない日々と神野大地選手

 ん〜と、今週はあんまり走れず……。
 月・水・金・土とジムで「ホグレル」(帰宅はジョグで4〜5キロ)をやるつもりが、月曜日は仕事でダメ。火曜日にインターバルをやるつもりが仕事でダメ。木曜日に練習会に参加したものの、4:25/kmペースで走っているうちに苦しくなり、5kmでリタイア(どうしたんだろう?)。
 ダメダメでした。日曜日は30kmジョグのつもりですが、こんな時間まで仕事になってしまいました。まもなく午前3時。
        ★
 明日(今日?)19日は青梅マラソンがあります。応援に行けないなあ。残念。

 箱根駅伝をあまり見ない私でも、神野大地選手(コニカミノルタ)は学生時代から好きなんです。100%力を発揮して、前に選手がいても食らいつこうとする気持ちを感じます。青学の選手はいい意味で型破りで面白い。「駅伝で燃え尽きておしまい。あるいは実業団で駅伝中心の練習をする」という風潮を、どんどん変えていってほしいものです。
 2月5日の丸亀国際ハーフマラソンは、テレビを視ながら大迫傑選手と神野選手を応援していました。カルム・ホーキンス選手(英国)の美しいフォームも観察しましたが。
 次の引用は、東京新聞に載っていた神野選手の記事(2017/2/7夕刊)より。

 (略)「平地でも神野、と言われるように」。卒業後も大学時代に指導を受けたトレーナーと個人契約し、体幹強化を続けている。
 走りを安定させるとともに、身体にねじりの動きも加えることで推進力が増した。丸亀ハーフでは「大学時代と比べるとダイナミックになった」というフォームで、2年前の丸亀で出した事故記録を17秒更新した。

 とありました。
 胴体主導で走ろうとしている私、「ねじりの動き」という文言に反応しました。
        ★
 今年から1日おきにジムで柔軟性を改善しようとしていますが、しょうがねえ、ジムに行かない日は「青トレ」をやろう。走る時間が削られるけど、最後の悪あがきだ、なんでも試してみよう。

青トレ: 青学駅伝チームのコアトレーニング&ストレッチ

青トレ: 青学駅伝チームのコアトレーニング&ストレッチ

 

『2時間で走る』感想。

2時間で走る:フルマラソンの歴史と「サブ2」への挑戦

2時間で走る:フルマラソンの歴史と「サブ2」への挑戦

 

 エド・シーサ著・菅しおり訳『2時間で走る』の感想を書きそびれていました。2度読んだんですけど。
 サブタイトルは《フルマラソンの歴史と「サブ2」への挑戦》。圧倒的な強さを誇るアフリカ系ランナーの強さの秘密に迫りつつ人類の夢「サブ2」への展望を書いた一冊。同時に、フルマラソンの歴史について学ぶこともできます。原著『TWO HOURS』は2015年に刊行されたようです。
        ★
 著者が主に取材して中心に据えているのは、ジョフリー・ムタイ。2011年のボストンマラソンで2時間3分2秒という驚異的なタイムを出しますが、非公認コースのため世界最高記録には認められなかったあの選手です。
 現在、中長距離界を席捲しているのはカレンジン族ら有能なアフリカ系ランナーです。彼らは代々高地に育ち、体型に個人差はあれど、総じてランニングエコノミーの高い、細くて長い脚を持ちます。近年ランナーのプロ化やレース賞金の高騰が進んだことで、一攫千金の夢をみる若者がトレーニングで日々切磋琢磨しているのです(ドーピング疑惑についても書かれています)。DNAに、中長距離に有利な配列があるかどうかはまだ確定していません。
 これらは以前読んだ『ケニア!  彼らはなぜ速いのか』などとも共通しますが、本書はもっと多岐にわたる話題を提供してくれます。
 たとえば、19世紀には長距離の「歩行競技」が行われていて徐々にマラソン化していったこと。ハイレ・ゲブラシラシエの世界最高記録樹立の戦略、日本に留学しオリンピック北京大会で優勝したのち事故死したサムエル・ワンジルの生涯……などなど。私が大好きな『パーフェクトマイル』ともちょっとだけ重なりました。
 サブ2が可能か否かの論争や、どんなコースや条件ならタイムが出るか、という美しい夢想もあり、とにかく盛りだくさんなんです。
 空中分解しそうなくらい情報が多いのに、ひとつの物語としてまとまっているのは著者の構成力の高さだと思われます。
 
 それにしても……1908年のオリンピック・ロンドン大会で、ウィンター城をゴールにしたいがために40キロ(25マイル)から42.195キロ(26マイル135ヤード)に延伸された距離の恨めしさといったら! あのまま40キロが標準であれば、私はサブ3をやっているし、すでに人類はサブ2を果たしているのてす。
 でもまあ、2.195kmがマラソンのえもいわれぬ魅力なのですよ。
 そう考えておきます。
        ★
 以下、少し余談を。
 ジョフリー・ムタイのフォームです。2011年のニューヨークシティ・マラソンの21マイル地点。著者は本書でこの動画を《効率のいい走り方の見本》として紹介しています。《そのときのムタイは一マイルを四分三一秒という、フルマラソンで二時間を切るペースで走っていた》(13ページ)とか。ムタイの身長は170cmと書かれていますが、国際陸連によれば186cm56kgだそうです。
 私が注目するのは、もちろん上体の使い方です。

ケニア! 彼らはなぜ速いのか

ケニア! 彼らはなぜ速いのか

 
パーフェクトマイル (ヴィレッジブックス N ハ 3-1)

パーフェクトマイル (ヴィレッジブックス N ハ 3-1)

 

ホグレルでほぐれるのか!?……経過報告その1

 動的ストレッチ・マシン「hogrel」を知ったのは11月のこと。近所のジムに置いてあるのを知り、今月から通い始めています。週に3〜4回通うつもりです。ほんとにこれで私の身体がほぐれるのか、ときどき書くことにします。

 ホグレルは軽い負荷で、肩胛骨や骨盤を動かし、可動域を拡げるもののようです。体験ふくめて3回行きましたが、まだ認知度が低いのか、空いているのがありがたい。
 自分の身体の硬さには、ほとほと呆れています(いずれ思い出話を書きましょう)。体育の授業で前屈をさせられたら、マイナス10cmあたりでにっちもさっちもいかず、膝を曲げてごまかそうとしたら、体育教師が私の膝頭を棒でツンツン突くのです。

 ジムに2月にきちんと入会して、2度やりました。
 経過報告その1です。
 いつも伸びないところを伸ばすからか、低負荷なのに筋肉痛になります。^_^;;
 2度目をやったあとの翌朝は、お腹のなかにボーリングの球でも入れたような、独特の筋肉痛でした。風邪気味だったこともあり、夕食前にすこし寝ました。夢うつつでしたが「あ、痛みが取れていく」とはっきり自覚でき、起きたらだいぶん痛みが薄らいでいきました。
 カチカチだった肩胛骨は少しゆるんでいます。
 股関節はさすがに手強い。

 耳まわりの筋肉をマッサージすると、身体が柔らかくなると聞いたことがあります。私の場合、いくらやっても耳まわりはほぐれず、耳全体を上下に潰したりしたら、ギャッと声が出るくらい痛いんです。さっきふと、耳を揉んでみたら、あら不思議、全然痛くないのです。
 もうひとつ。ジムに行った翌日は全然お腹が空きません。朝は(妻に飲まされている)スムージーのみですが、お昼は要らないくらいです。たまたまでしょうか?

 以上、経過報告その1でした。次号を待たれたし。

      ◎

 ホグレルに関する最初のエントリーは、こちら。