狩猟採集民のように走ろう!

狩猟採集民について学びながら、現代社会や人間について考えるブログ

『JR上野公園口』チグハグ県『JR上野公園口』

柳美里『JR上野公園口』を読んでいました。全米図書賞受賞と話題になりましたが、わたしはホームレスが主人公であることに惹かれ、少し前に買っていたのでした。

ハナニアラシノタトヘモアルゾ

いきなり脱線します。これを書いている日は「春の嵐」だそうで、夜中まで様子を見ますが、外を走れないかもしれません。春の嵐で連想したのは、

  ハナニアラシノタトヘモアルゾ
  「サヨナラ」ダケガ人生ダ

という井伏鱒二『厄除け詩集』に収録されている詩です。あれは、于武陵の五言絶句「勧酒」後半を井伏が現代訳したものです。

  花発多風雨 花ひらけば風雨多く
  人生足別離 人生まれば別離に足る(たっぷりある)

ここから「ハナニアラシノタトヘモアルゾ/ 「サヨナラ」ダケガ人生ダ」というユーモアが出てくるのが、いかにも井伏調ですね。

井伏は「唐詩選」の17首を現代訳したんですが、それらは江戸期に石州(島根県)の俳諧師・潜魚庵(中島魚坊)が訳したものを下敷きにしたということを、高島俊男「お言葉ですが」シリーズで知りました。高島先生は井伏ファンですからパクったなんて書きません。とくに、「勧酒」の訳はタネ本にはない井伏の独創だと書かれていたはずです。

……ということで、書棚からお言葉ですが…7 漢字語源の筋違い』を出して適当に開きますとですね、[ここから少し本題に近づきます]『「スッキリ県」と「チグハグ県」』というタイトルのエッセイが目に飛びこみました。

ここでいうチグハグ県とは、宮城県と仙台市、愛知県と名古屋市のように、県名と県庁所在地が違う県のことです。なぜそういう県ができたのか……明治のジャーナリスト・宮武外骨は戊辰戦争の賊軍がチグハグ県になったと言います。昭和16年刊行の本によると、骸骨は大蔵省預金局長・兵藤正懿が語っていた話を前年に又聞きしたらしい。

待て待て、賊軍の代表たる福島県(県庁所在地・福島市)はスッキリ県ではないか?[ここからさらに本題に近づきます]数冊の資料を参考に高島先生が解説するところによれば──。会津若松は28万石、福島は3万石であり、会津はけしからんから県庁も県名もなんにもやらん、お前の名前は今日から福島じゃ、という懲罰なんだそうです。

賊軍の悲劇を背負った主人公

長々と脱線したのは、『JR上野駅公園口』の主人公が、そんな賊軍の悲劇をすべて背負っているようだと感じていたせいです。

薩長の官軍支配となった明治以降、日本のインフラは東京以西が優先されます。奥羽越列藩同盟のエリアは後回しにされたのです。汽笛一声新橋を〜の鉄道唱歌は東海道を西へ西へと進み、産業もそちらに集まります。

一方、疲弊していた賊軍の東北は、昭和40年代の減反政策により余剰労働力が生じ、日雇い労働者や集団就職など高度経済成長期を支える都市圏の働き手となります。同時に、経済成長から取り残された東北に、補助金をちらつかせて建てたのが原子力発電所でした。

相馬出身の主人公はまさにそんな時代に翻弄されます。福島・相馬の人びとは越中から入植してきた江戸時代から異端の人びとであったようです。すなわち、外来者かつ賊軍であるという、二重の不幸を背負っているのです。

主人公は、小さなころから働きづめで、昭和30年代、家族を養うため東京オリンピックの建設作業員として上京。東北の玄関口・上野駅の近くに暮らすホームレスになるにいたった経緯は徐々にわかります。

時間と空間がねじれるのが不思議でしたが、ああそういうことか、とのちにわかる構成でした。小説の手法としても、とても練られています。

最下層のホームレスに対置されるのは皇室です。皇室の誰かが上野公園にやってくるとき、あらかじめホームレスを一時退去させることを「山狩り」と呼ぶのだそうです。山狩りのたびコヤをたたんでさまよう主人公の家族は、天皇家とネガポジの関係を持っているのでした。

蛇足

いい小説でした。……書店でかけてもらった紙のカバーを外さずに読んでいたんですが、読了後、カバー表4(裏表紙)のあらすじを見ますと、どう考えても書きすぎです。しかもあらすじの一行目は……そうだったっけ? これから読む方はあらすじと解説は見ないほうがよいと思われます。

風がビュービュー吹いています。やはり今夜は走るのをやめよう。あれ、井伏鱒二はどうなった?

JR上野駅公園口 (河出文庫)

JR上野駅公園口 (河出文庫)

  • 作者:柳美里
  • 発売日: 2017/02/07
  • メディア: 文庫
 
井伏鱒二全詩集 (岩波文庫)

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