上下関係や差別のない社会【狩猟採集民に憧れる理由 3/3】

 二度ほど、理不尽な経験談を書きました。【狩猟採集民に憧れる理由】最終回、一番長文になりそうです。ごめんなさい。
 毎日、いろんなハラスメントやブラック校則や #KuToo 運動などがニュースになります。比較的、日本の軍隊式上下関係から自由で、空気を読まなかった私から見ると、社会に蔓延する不合理な上下関係や差別は奇異に感じられます。
 

◆『神聖喜劇』の「知りません」禁止、「忘れました」強要問題

 私は12年間つとめてから会社を辞めました。好きな仕事だし、威張った人も少ないし、人間関係の不満は少なかったんですが、ちょっと忙しくなりすぎました。
 大西巨人『神聖喜劇』全五巻を読んだのはその年です。以下のエピソードは第一巻に登場します。
 1942年、対馬要塞の銃砲塀聯隊に補充兵として入隊した主人公・東堂太郎は、教えられてないことを「知りません」と言いました。すると、軍隊では「知りません」は許されない、「忘れました」と言え、と上官に叱責されます。
 理不尽に感じた東堂は、《「知りません」禁止、「忘れました」強要》問題を徹底的に考え抜きます。どんな軍紀にも、「知りません」を禁じた規則はありません。
 あるとき気づきました。《下級者にたいして上級者の責任は必ず常に阻却せられていなければならない、という論理でないのか。》《言い換えれば、それは、上級者は下級者の責任をほしいままに追及することができる。しかし下級者は上級者の責任をみじんも問うことができない、というような思想であろう。
 部下に責任を押しつける上官は、さらにその上官から責任を押しつけられ……という無限の無責任スパイラルが行きつく先は……東堂は戦慄します。無責任上級者の上の上を辿っていくと、《「朕は汝等軍人の大元帥なるぞ。」の唯一者天皇が見出される》ことに思い至ったからです。自分は責任を押しつけられるピラミッドの底辺にいる。すべての責任を阻却される遙か頂点を仰ぎ見れば、そこに天皇がいる。
 これは軍隊に限った話ではありません。軍隊は「特殊ノ境涯」ではないのだ、ということを明らかにするために大西巨人はこの大長編を書いたのですから。
 

◆『菊と刀』に書かれた日本の階層意識と「応分の場」

 戦時中、軍の無謀な命令に従った兵士たちが何十万人も死んでしまいました。
 ルース・ベネディクト『菊と刀』を読んだのは数年前でしたか。アメリカ人による日本研究です。戦中に日本を分析したことをまとめ、1946年に公刊されました。誤解も散見されますけど、とくに前半は鋭く日本人の本質を衝いています。

(略)日本人は秩序と階層的な上下関係に信を置き、一方、わたしたちアメリカ人は自由と平等に信を置く。両者の間には天と地ほどの隔たりがある。(略)日本人は階層的な上下関係に信頼を寄せており、それは人間関係や、人と国家の関係における基本となっている。

 日本人を考察するなら、彼らが階層社会を生き、そのなかで「応分の場を占め」て行動をすることを理解せよと、著者は書きます(彼女は、天皇制を廃止しても、日本人は新たな主人に黙って従うことを見抜いていました)。
 
 戦後75年近く経ちます。日本は民主主義らしいけど、みんな主権者で、みんな平等?……いえ、依然ガチガチの階級社会です。日本では、学校・部活・会社などで、上下関係を叩き込まれます。出る杭は打たれる。分を知れ。下の者はへりくだれ。あの、奇っ怪な敬語はなんですか。「ご覧ください」ですむものを、わざわざ「ご覧になっていただけますでしょうか」だなんて卑屈すぎる。
 複雑な階層を生き抜くには才覚が必要です。パーティ会場で大企業の部長と中小企業の社長と同席した場合、先にビールを注ぐ相手を瞬時に判断しなければならない。部署に新入社員が来た場合、社長のコネか否かで接し方を変えなきゃならない。ありとあらゆる条件から自分と相手の「応分の場」を判断し、ふさわしい振る舞いが求められます。頭がいいけど階層社会のルールを知らない人は面倒くさいだけなのです。やんなっちゃうぜ。

◆2015年のSEALDs批判やSNSを見て

 みんな主権者のはずなのに、政治に口を出したら叱られる人がいます。
 2015年、安保法案反対デモをする学生中心の団体 SEALDs が注目されました。私もデモ参加の折、彼らを見かけましたが、火炎瓶を投げるわけでもなく、ルールに基づいて行動していて好感を抱きました。ところが、彼らに向かって「若者は政治に口出すな」「生意気だ」と声を浴びせる人たちがいるのです。あれれ、以前、「若者は政治に無関心だ」なんて世間は嘆いてなかったっけ。
 なぜ若者は政治批判をしてはいけないのでしょう。選挙権がない子供ですら世界情勢や政治をスポーツやアニメと同じように批評していいはずです。
 SEALDs 批判のなかに「就職できないぞ」というのがありました。それを見た小心者の私は生まれたての子鹿のようにブルブル震えました。怖いセリフです。「大人が全部決めるんだ、若者は応分の場にいて権力に従え。さもなきゃ階級社会から閉めだすぞ」と脅すのです。寒気がします。
 子供のくせに、女のくせに、新入りのくせに、在日のくせに、病人のくせに、地方のくせに、貧乏人のくせに、非正規のくせに、外国人労働者のくせに、芸能人のくせに……階級意識がうみだす差別的言辞はあちこちに蔓延しています。
 日本は平等社会ではありません。息苦しい。

 ちょうど選挙の時期です。私の Facebook の友人には、政治の話をする知り合いがたくさんいます。でも、よく見ると、みんな私同様フリーランスなんです。
 会社員は政治的発言、とくに政権批判をしません。階層社会にからめとられた会社員は秩序を乱さず緘黙することが正しい振る舞いだからです。デモを報じるテレビのニュースで、インタビューに応えるのはたいてい主婦や老人です。彼らは階層社会から比較的自由です。一方、参加者に会社員がいたとしても「顔バレ」すると生活しづらくから、インタビューにはほとんど応えません。
 会社員は組織のなかで応分の場を占め、彼らの所属する会社は日本社会の応分の場にいる。階級を飛び越えて上の批判はできません。
「お上に逆らっちゃなんねえ」か。時代劇じゃあるめえし。……ああ、息苦しい。
 もっと言えば、日本は国際社会のなかで応分の場を得ています(西欧にコンプレックスを抱きつつ、アジアの覇者のつもりでいる。戦前の八紘一宇と同じです)。

◆『スウェーデンの小学校社会科の教科書を読む』の衝撃

 日大のタックル問題は軍隊式上下関係が生み出した事件でした。公文書の改竄・隠蔽もそう。ピラミッドの底辺は責任を感じるが、上は責任を阻却されます。
 では、絶対服従すなわち応分の場にとどまれと言わない社会はどんなものか。
スウェーデンの小学校社会科の教科書を読む』を読んだのは2017年暮れ。読みながら椅子から転がり落ちるほどの衝撃を受けました。日本の小学校高学年にあたる学齢で、スウェーデンの小学生は次のようなことを習います。
 社会の教科書の第1章「社会」。法律、規則、規範は変えられるとあります。
 学校に髪型や服装に決まりがあり、それが不当だと感じられたとしましょう。そしたら毎日奇抜な髪型やファッションで学校に行ってルールを変えさせちゃえ、と書かれているのです。小学生の教科書に、ですよ!?
髪型やファッションを変えて規範を打ち破ってやろうとするなら、それを何度も繰り返しているうちに、それでいいのではないかと思われるようになるかもしれません》。
 ブラック校則に黙って従えという日本とは違います。私は6年生のとき担任に抗議したことで険悪になったけど、スウェーデンではいちおう耳をかたむけてくれるらしい。感動しちゃった。
 第2章「メディア」には、ネットとの付き合い方が書かれています。どうせ、ネットリテラシーについて書いてあるんだろ、という予想は覆されました。
 スウェーデンの教科書には、あなた自身も社会に影響を与えられると書かれているのです。みなさん、Facebook や Twitter を通じて発信者になりましょう、と薦めています。新聞への投書、SNSの活用、人を集めてデモをすること、政治家に直接訴えることなど、積極的に世論を形成してオピニオンリーダーになりましょう。そして……
《(略)学校の職員や両親、近所の人々、コーチ、そして最終的に政治家を味方につけるためには、誤字などの誤りがなく、正しく書くことが重要となります。あなたが、しっかりと準備が整っており、ちゃんとした文章が書け、そして自分の意見を冷静にしっかりと伝えることができるということを示しましょう
 と、国語や論理的な文章を書くことの重要性が続きます。すごい。
 スウェーデンは小学生も、自立した個性ある人間なんです。かの国からグレタ・トゥーンバリさんが出てくるのは偶然ではありません。

 

◆『ヒトと文明』にみる狩猟採集生活の特徴

 裸足ランや低炭水化物食から狩猟採集民に興味を持ち始めたんですけど、彼らの社会が幸せそうなことに驚きました。息苦しい都市生活者の私はすっかり心を奪われました。恋だわ。
 尾本恵市『ヒトと文明』によれば、農業や交易を始める前の古典的狩猟採集民や、定住し園芸をする狩猟採集民には次のような特徴があります(*マークのある項目は、豊かな食料獲得者=アフルエント・フォーレジャーのなかに例外があることを示す)。

  1. 少数者の集団(子どもの出生間隔が比較的長い)。
  2. 広い地域に展開して定住する(低い人口密度)。
  3. 土地所有の観念がない(共同利用)。縄張り意識はある。
  4. 主食がない(多様な食物)。
  5. 食料の保存は一般的ではない。*
  6. 食物の公平な分配と「共食」。平等主義。*
  7. 男女の役割分担(原則として男は狩猟、女は育児や採集)。*
  8. リーダーはいるが、原則として身分・階級制、貧富の差はない。*
  9. 正確な自然の知識と畏敬の念にもとづく「アニミズム」(自然信仰)*
  10. 散発的暴力行為・殺人(とくに男)はあるが、「戦争」はない。*

 彼らには、王様もないし奴隷もない。階級がないから「応分の場」があろうはずもない。財産がないので争いも起きない。そのへんで食料は得られるから労働時間は短い。そもそも労働という観念が稀薄である。性別による役割分担はあるが、基本的に男女平等である。財産分与がないから父系社会か母系社会か、決まりはない。子供も大人もない。全員が顔見知りだから思いやりにあふれている。
 食事のせいか運動のせいか気持ちのせいかわからないけど、何万年もかけて環境に適応した彼らには、癌や心臓病、脳卒中などの非感染症が滅多にない。自殺も鬱もない。死亡率の高い乳幼児期を生き延びれば、病院もクスリもないのに70歳くらいまで生きる。
 まるでユートピア。理想的すぎて、こわいくらいです。最近はなるべく狩猟採集生活の悪い面を書いたレポートを探し回っているくらいです。
 みんな裸になって森に入ろう、とは言いません。農耕を始めて以来、爆発的に人口が増え、もう後戻りできないことはわかっています。それにしても──進化・進歩を称賛し、「未開」の部族と蔑んできた狩猟採集民のほうが幸福に見えるなんて!?
 私は考えました。18世紀にルソーが原始的な人たちを観察することで自然権を発見したように、人間が何百万年も過ごした生活を知ることで、むかし体験したような理不尽な上下関係や、いわれなき差別や、内なる差別意識に気づき、大虐殺を回避し、息苦しさから逃れる方法が見つかるのではないか……。
 たとえば、スウェーデンはじめ北欧では、大きな政府が社会福祉を充実させ、「再配分」を行っています。狩猟最初生活にみられる《食物の公平な分配と「共食」。平等主義》に近いのです。小さな政府で新自由主義を標榜する日本よりも、私は北欧のほうが人間的な社会に見えます。
 私には「AIと人間」などより「狩猟採集民と現代人」について考えるほうが、いまとても重要な気がするんです。(おしまい)

神聖喜劇〈第1巻〉 (光文社文庫)

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菊と刀 (光文社古典新訳文庫)

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スウェーデンの小学校社会科の教科書を読む: 日本の大学生は何を感じたのか

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ヒトと文明: 狩猟採集民から現代を見る (ちくま新書1227)

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