狩猟採集民のように走ろう!

狩猟採集民について学びながら、現代社会や人間について考えるブログ

3万年前の航海 徹底再現プロジェクト、成功!

きのうのニュースです。

ついに成功! 台湾から与那国島へ、3万年前の技術で渡れるかを検証した、国立科学博物館の『3万年前の航海 徹底再現プロジェクト』。

おおむかしの人が航海で日本にやってきたことを再現しようとした壮大な実験です。

3度目の挑戦で、数日前についに成功しました。

最初の日本人は、2万年だか2万5千年前の氷河期にマンモスを追ってきたという説はすでに否定されています。3万年以上の遺跡が沖縄で見つかっているから、航海でやってきたのは間違いない。となると、航海でやってくるしかなかった。

リンクは昨年放送された、プロジェクトの代表・海部陽介のインタビューです。ホモ・サピエンスがアフリカを出て拡散していく歴史が語られています。

プロジェクトチームの代表・海部陽介さんの話を何度かラジオで聴いて、興味を持っていました。

昨年8月にラジオ出演された音声をリンクしておきます。生放送を聴きながら、坂道をジョギングしていたっけ。

はてな?

トマテオ(id:tomateo) さんが「とりあえず走りだしました!」の投稿「イン・ミ 7」で私の過去の投稿について触れてくださいました。

そのなかに私のブログについて《リンク拒否されているようですので(略)「ほっといて or そっとしといて」タイプの方でしょうか》《「⭐️も我関せず」な所なんかは私からみたらとてもクールなのだ・・》と書かれていて、苦笑しました。

記事へのリンクを拒否しているつもりがないのでそのうち設定を見直します。星のマークについては理解してないだけなんです。もしかすると、みなさんの記事を拝見したとき星マークつけると、自分のところにもつくということかな。でもそれだったらブログというより SNS みたいになってしまうな。はてな?

はてなブログでの私の作法は特異に見えているのかも?

私、アクセス数は滅多に見ません。読者の数字は自然に目に入るので、なんとなく増減は知っています。政治について書いたりしたら数字が減ったりして、「へえ、そんなものかな」と感じることはあります。

自分用のメモもしくは落書きみたいなものですが、公開しているので典拠は明らかにするように努めています。面白く書こうという気持ちも少しはあり、原稿料取れるなと感じる投稿もあったりします。

アクセス稼いで、アフェリエイト(いちおうAmazonのアフェリエイトだけはやっていますけど)や広告で収入を得る方法というのも見聞きします。写真を増やして見出しをつけて、まるでニュース記事みたいな体裁にするのは簡単ですけど、お金のこと考えたらおもしろくない気もするし……。

ま、当面これまでどおりやります。

初スパイク! と短距離講習会、とフォームの話。

 某スポーツショップにて。
「あの、短距離のスパイクはどこにありますか」
「こちらのコーナーになります。お子さん用ですか?」
 いえ。
 おっさん用です。

7月6日(土曜日)に短距離の講習会があったので、前夜、スポーツショップをハシゴしてスパイクを購入しました。

「日本陸上の女子100Mで優勝した選手と同じメーカーのシューズを買う」と決めていたんです。(今シーズンの調子からして、男子の本命はサニブラウン・ハキーム選手、対抗・小池祐貴選手と睨んでいましたが、どちらが優勝してもナイキなので……)

御家瀬緑選手が優勝。足もとを見るとアシックスでした。よく見ると、2位の土井杏南選手、3位青山華依もアシックス。なんだ、女子はアシックス一択だったか、と苦笑。とにかく公約通りアシックスから試すことに。

1軒目の店員さんに「お子さん用ですか?」と聞かれました。スパイクを買いに来る大人なんて滅多にないんでしょうねえ。持久走用なら、ホカオネオネやonまで扱っている大きな店舗ですけど、短距離用のコーナーは小さい。でもって値段が高い! 型落ちを安く売っていたりしません。

2軒目で買いました。アシックスSP BLADE というモデルです。こんなにカラー展開しているんだ。私が行った店では黒だけでした。

固定ピンが8mmだったので、同じ長さの付け替え用スパイクピンも購入しました。

お店の説明書きに「100〜400m用」とありました。800mとか1500mは、別のモデルを買えってことかな。……ううう。(PRO SHOP B&D 陸上スパイク特集 | PRO SHOP B&D

 

翌日の練習会。ウォーミングアップや動的ストレッチをすませて、シューズをスパイクに履き替えます。ピンをカチカチ鳴らせてトラックへ。なんか新鮮。

下の動画は、スパイクを履いて、初めての全力疾走です。こんな太い足で、ようマラソン走ったよなあ。

もっと腿を上げる、着地をもう少し重心の下に近づける、きちんと踵でお尻を叩く、などなどを指摘されました。このときは意識していたので腕がよく上がっていますけど、もう一度撮ってもらった動画はイマイチでした。短距離の練習はドリル・筋トレ・50mダッシュなどですね。

大腰筋やお尻の筋肉を使ってもっと空中に浮き、強く接地して地面反力をもらってグングン先に進む……理窟はわかっているんですけど。

f:id:mugibatake40ro:20190710014930j:plainふと思い出しました。

ある会のトークショーで、「子供に走るコツを教えるとしたら?」と質問されたY選手(大人にも教えて!)は、次のように答えたんです。

「ポイントは摺り足です。摺り足で走れ、と教えてあげてください」

???

そんなこと言われたら、子供のフォームが早足の狂言師みたいになっちゃう。でも、字義通り地面に足をつけたまま進むことではありませんよね。彼自身、こんなに跳んでるんだもの。

Y選手はどんな感覚を伝えたかったんでしょうか。上に弾むのではなくベクトルを前へ? あるいは遊脚を直線的に引き戻す感覚?

前に書いたとおり、ウサイン・ボルトやサニブラウン・ハキームは上体を左右に揺らしながら走っています。その一方、「アスリートの魂」という番組で、山縣選手は頭の位置を一定に保ち、両肩を水平に保ったまま走るのが目指すべき効率的な動きだと言っていました。

山縣選手の「摺り足」は、きっと、それを指しているんでしょう。……と今日のところはそう考えて寝ます。

もっともっとゆっくり

筋トレや坂ダッシュなどの短距離の練習のほかに、毎日7km平均くらいは走りたいんですよね。終了採集民の男性は毎日10〜15kmくらい移動するらしい(もっと短いという説もあります)ので、せめてランで7kmくらいは……と思っているわけです。

蒸し暑いし、7:00/kmくらいで走ろうと思うんですけど、5:00〜5:30/kmに上がっています。真夏に月間500km走っていたころは、距離稼ぎのためLSDをよくやりました。たとえば、7:30/km で走り、4時間ジャストでぴったり32km走る、なんて遊びをやっていたものです。

それが苦にならなかったし、秋冬のレースで活きました。(遠い目)

サニブラウン・ハキーム選手のフォーム

私、相変わらず、坂道50mダッシュなどを繰り返しています。

 

きのうかおととい、サニブラウン選手が「ニュースステーション」で松岡修造のインタビューに応えていたんです。体重移動と腕振りを変えた、と言っていたので、私の直感は間違ってなかったな、と思いました。今年は身体もひとまわり大きくなりました。筋トレも相当やっています。

◆腕振り

f:id:mugibatake40ro:20190703121010p:plain写真を見ればわかりますが、掌が顔の高さまで上がっています。片手が前に大きく振れているのは、逆の腕を大きく引いているということだとも思います。

高校生のときは、手を握り、胸あたりまでしか振り上げなかったんです。「ニュースステーション」でも意識して変えていると言っていました。

掌を頰まで上げたほうがいいですよ、と私も短距離の講習を受けたときにアドバイスされたんです。

長距離ランナーの腕振りはでんでんだいこのように身体の動きに合わせて振られるものだとよくいいます。

とすると、この腕振りは短距離ランナー特有の動きでしょうか。腕振りにより、広背筋や大腰筋などを素早く動かし、伸張反射を生み出しているのだと私は考えます。

身体が捻れるのに対して腕は胸や顎ではなく頰のほうに向かっているので腕は外旋していることになるのかな。後ろに振るときは反対に内旋しています。足も、前に出て着地するときは外旋し(爪先が外を向き)、地面をキックしたあと内旋しますよね。

くねくね走り?

f:id:mugibatake40ro:20190703003702p:plain

短距離、長距離ランナーに限らず、着地したときに支持脚に体重を載せて地面に力を加え、反力を利用して前に弾みます。ランニングの基本中の基本です。

サニブラウンが走っているのを正面から見ると、着地時に身体がS字状になります。高校生のときよりも直線的になった印象ですけど、S字状になること自体は変わっていません。

これは上半身が左右に揺らして、支持脚に体重を載せているのだとわかります。「ニュースステーション」では、拇指球を意識しているとも言っていました。

 

下のは一年前の動画です。

4コース桐生祥秀選手、6コース山縣亮太選手は、縦軸が一本通っている感じで、I字状です。とくに山縣は、肩が水平で上下動しません。5コースのガトリン選手もわりと直線的に見えます。3コースのサニブラウンだけがS字状に身体をくねくねさせます。(2:40くらいから)

 
このレースでは山縣や桐生に遅れをとりました。去年のサニブラウン選手、今年より顔を上げるのが早いし、腕振りが違うことも確認できます。たぶん、走り自体が今年のほうが大きくなっているはずです。膝の高さが違いますから。

今度は、ウサイン・ボルトを見てください。(1:35くらいから)

 
S字状です。パウエルもそのように見えますが、ボルトの胸ゼッケンと比較すると、差がわかります。高岡英夫さんがボルトを評してトカゲ走りと言いましたが、まさしくそんな走り方です。

I字状走りは比較的一本のライン上を走り、S字状走りは二本のラインを走ることになるのでしょうか? スポーツバイオメカニクス的に、どちらが効率的なのか、私には判断できません。

ただ、支持脚にすべての体重を預けて地面迫力を得る、という点は共通するはずです。私ごときなまくらランナーは、それをきちんと考えなければならない。

本日、そんなことを考えながら深夜に50mダッシュ10本やったことでありました。翌日はお尻が筋肉痛になり、ときにアキレス腱に痛みが出たりもしますが、翌日のゆるジョグで体重移動が改善されているのが自覚できます。オススメです。^_^

『ピダハン』の感想(2/2)

ピダハン―― 「言語本能」を超える文化と世界観

ピダハン―― 「言語本能」を超える文化と世界観

 

ダニエル・E・エヴェレット『ピダハン』(みすず書房)で紹介された、ピダハン族の特徴や生活ぶりをいくつか列挙しておきます。

 ピダハンの家族関係は、西洋人にもなじみやすい領域だ。親と子の愛情表現はあけっぴろげで、抱き合い、ふれあい、微笑み合い、たわむれ、話し、一緒に笑い合う。これはピダハン文化のなかで、真っ先に目につく特徴でもある。(略)親は子どもを殴らないし、危険な場面でもないかぎり指図もしない。乳飲み子やよちよち歩きの幼児(おおよそ四歳か乳離れするまで──乳離れすると一転活動を求められるようになる)は好き放題が許され、手放しで愛される。

◉ピダハン族には「交感的言語使用」が見られない。つまり「こんにちは」「さようなら」「ご機嫌いかが」「すみません」「どういたしまして」「ありがとう」に相当する言葉がない。

◉彼らは夜あまり寝ない(昼間、よくうたた寝をする)。朝5時くらいから活動を始める。男たちが漁に出て、女と子どもが採集に出かける。

◉狩猟と採集に充てられる時間は、1人につき1週間あたり15〜20時間。ただし、彼らは働くことを楽しんでいて、西洋の労働の概念ではとらえられない。

◉食べ物をわれわれほど重要視しない。空腹を自分を鍛えるいい方法だと考えている。《日に一度か二度、あるいは一日じゅう食事をしないことなど平気の平左だ。ピダハンたちが三日の間ほとんど休みなしに、狩りにも行かず漁にも行かず果実を広いにも行かず、もちろん備蓄の食料もなく、ずっと踊りつづけているのを見たこともある》

◉彼らは締まった体つきをしているが、都会に行くと暴飲暴食して15kgくらい太ってしまう。しかし、帰ってくるとたちまち元の体型に戻る。

◉ピダハンは自分に厳しく、年配の者やハンディのある者に優しい。

◉親族をあらわす言葉は数語しかない。
 マイーイ=親、親の親、さらに一時的ないし恒久的に従属を示したい相手。
 アハイギー=同胞(男女とも)。
 ホアギーまたはホイーサイ=息子。
 カイ=娘。

◉子育てが面白い。
焚き火に向かって歩いて行く幼児を止めたりしない。その子が火傷して泣いてから、叱りつける。調査のために撮影していた映像に、親の背後でナイフを持って遊ぶ幼児の姿が映っていた。自分を傷つけてしまうのではないかと動画を再生しながらヒヤヒヤしていると、その子がナイフを落とした。すると、親がそのことに気づき、拾ったナイフをまた子どもに持たせた。(もしもケガをしたら、そのときに初めて叱るのだ)
そうやって育てられた子どもは肝の据わった、柔軟な大人に成長し、一日を生き抜く原動力が自分の才覚とたくましさであることを知っている。

◉葬式や結婚などの儀式はない。 

◉性に関してはかなり自由。思春期前後からためらいもなく性行為をする。ダニエルは、多くのピダハンが性交していると推測し、それが帰属意識・仲間意識の強さにつながっていると考えている。

『ピダハン』の感想(1/2)

ピダハン―― 「言語本能」を超える文化と世界観

ピダハン―― 「言語本能」を超える文化と世界観

 

学生のとき試写会のチケットをもらって『ミッション』という映画を観ました。南米のインディオに、命をかけてキリスト教を布教する宣教師の話でした。内容の輪郭がボンヤリしているのはキリスト教至上主義っぽくて感心しなかったからです。日本にきた宣教師もそうでしょうけど、どうして命を賭けてまで布教するのか、いまもってよく理解できません。

キリスト教圏の人たちは先住民や狩猟採集民についてどのように感じているんでしょうか。ヒュー・ブロディ『エデンの彼方』にも書かれていましたが、カインがアベルを殺してしまう物語は、農夫が牧夫を殺した、と読めます。農耕民の末裔であるキリスト教信者は、先住民を(殺害することで直接的に、病原菌を持ち込むことで間接的にも)殺して土地を収奪します。親切なことに、キリスト教を布教することで彼らを救済しようとしました。

ダニエル・E・エヴェレット『ピダハン』(みすず書房)を読みました。サブタイトルの《「言語本能」を超える文化と世界観》はやや固そうですけど、未開社会での体験を書いた読み物でもあります。言語のところを飛ばし読みしても充分価値があるはず。

アマゾン奥地で保守的な狩猟採集生活を送るピダハン族と、著者ダニエルとその家族は、都会と往復しながら、30年間、暮らしをともにします。奥さんと娘がマラリアに罹って死に瀕したり、酒に酔ったピダハンに殺すと脅されたり、苛酷な体験もしています。

彼は夏期言語協会(SIL)の一員として派遣されました。『密林の語り部』では夏季言語学研究所と訳されていました。未開の民族の言語を研究して聖書を翻訳し、キリスト教を布教する機関です。

アメリカと往き来しつつ、ダニエルはどの言語にも似ていないピダハン語を研究します。彼らには、数がない、色名がない、チョムスキーのいう再帰(リカージョン)が存在しないことなどを発見し、言語学者や人類学者に衝撃を与えました。

ダニエルはまたピダハン族の心性を科学者として観察します。彼らは体験主義で、自分の見聞しか信じません。知らない過去について話さないことは言葉にも現れていて、彼らは完了形を持ちません。他人の話も、その人が経験したことだけ信じます。彼らには見える精霊や夢の話は直接体験の範疇である一方、天地創造の神話などの物語がありません。

ピダハンの人たちには浮気などがあり、(酒を手に入れたときなど)事件が起きることはありますが、基本的に幸せな人たちです。

ダニエルは聖書を訳し終え、テープに吹き込みましたが、間接体験である聖書の内容をピダハンが信じるはずはありません。ダニエルにもわかっていたはずです。《幸せで満ち足りた人々に、あなた方は迷える羊で救い主たるイエスを必要としているのだと得心させること》はできないのです。

宗教家としてではなく科学者としてダニエルは彼らに共感し、宗教の対極にある価値を見いだしてしまいます。

 ピダハンは断固として有用な実用性に踏みとどまる人々だ。天の上のほうに天国があることを信じないし、地の底に地獄があることも信じない。あるいは、命を賭ける価値のある大義なども認めない。彼らはわたしたちに考える機会をくれる──絶対的なるもののない人生、正義も神聖も罪もない世界がどんなところであろうかと。そこに見えてくる光景は魅力的だ。

ダニエルはついにキリスト教を捨ててしまいます。詳しく書かれていませんが、敬虔なクリスチャンである妻とは離婚してしまったようです。

狩猟採集社会について読めば読むほど、白人至上主義、西欧中心主義、キリスト教原理主義、単純な進歩史観などが奇矯に感じられます。白人が教化し、文明化した未開社会はたくさんあります。彼らの文化や伝承された多くの知恵は言葉とともに消え、再現されることはありません。

西洋人であるわれわれが抱えているようなさまざまな不安こそ、じつは文化を原始的にしているとは言えないだろうか。こちらの見方が正しいとすれば、ピダハンこそ洗練された人々だ》と書く著者に共感しました。

文明が人を幸せにしたと断言できる証拠はないのです。