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『日本の私立大学はなぜ生き残るのか』

私が広島で浪人していた1980年代半ば、予備校の英語講師がこう言いました。

「数年後、◎◎市に私立大学を開校するため、仲間と奔走している」

仰天しました。少子高齢化の時代が到来すると当時すでに言われていたからです。新設校に果たして学生は集まるのか……?

◎◎市の大学が実現したかどうか定かではありませんが、世紀をまたいで大学はどんどん認可されました。1985年に約450校だった(国公立ふくむ)大学数は、2020年に795校になっているようです。2007年には、大学全入時代が到来したらしい。

多くの識者は、2000年代に大学が軒並み倒産すると予言しました。私もそう考えていました。しかし、実際のところほとんど大学はつぶれていません。

J・ブレーデン、R・グッドマン『日本の私立大学はなぜ生き残るのか 人口減少社会と同族経営:1992-2030(石澤麻子訳、中公選書)は、日本の私立大学が消滅しなかった謎(パズル)を追った一冊です。彼らは、私立大学のレジリエンス(強靱さ、粘り強さ)の要因を人類学の手法で解明しようとします。

短期大学に通っていた女子学生が四年制大学を志向するようになったなどの学生の自然増はありました。他方、聞き慣れない学部をどんどん創設したり、AO入試を拡大して学生を確保するなど、経営者が柔軟に対応したことも見逃せません。

私大が延命している要因を、この本は「同族経営」に求めています。私立大学の理事長のうち約40%が学校創設者と血縁があるのだとか。同族経営の学校法人は、資産相続の面で優遇されたりして、利益の最大化をはかるには都合のいいことがあるらしい。

(学校法人のみならず、日本では4000近くの同族企業が200年以上続いていると書かれています。世界的に見てそうした長い歴史を持つ会社の45%近くを占めるとのこと。その背景に、イエという概念がありそうです。)

教育関係の本はたくさん読んできましたが、私はビジネスに興味がないこともあり、経営について考えが及ぶことはありませんでした。学校ビジネスが世襲の家業だなんてイビつな話ですが、総理大臣だってほとんど親戚で回しています。日本自体が、世襲で成り立つイビつな国だと考えれば納得できます。

日本の研究者は同族経営について言及するのを躊躇うようです。その意味でも、『日本の私立大学はなぜ生き残るのか』は貴重な研究と言えるのでしょう。

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以下、余談です。大学に関する私の疑問がこの本ですべて解消されたわけではありません。

なぜ、大学がこれほど多く認可されたのでしょうか。加計学園のように、同族経営の学校法人が政治家や官僚と手を結び、天下り先を増やしたのでしょうか。

民主党が2009年に行った調査によれば、81の学校法人の重職に123人の文部科学省の元官僚が就き、さらに152の学校法人で576人が非重職に就いていた。こういったコネクションが私立大学に対する文部科学省のシンパシーを呼んだかどうか(ましてや、申請の認可や助成金の可否といった意志決定に影響を及ぼしたかどうか)ということについては完全に憶測の域を出ないが、明らかに、多くの学校法人は競争の厳しい、将来が不確実な時代の中で、中央と関係性を作っていくのが重要だと考えている。(254ページ。引用文の漢数字は算用数字に置き換えた。以下、同じ)

それは事実でしょうが、あまりに多すぎやしませんか。

大学が多くなった弊害のひとつとして、学生のレベルの低下がよく指摘されます。

2017年、《「AO入試」のような一般入試以外の入学方式は、私立大学に入学する学生の51%を占めてい》るとあります。早稲田大学や慶応義塾大学でさえ、一般入試で入ってくる学生は6割を切っているそうです。

大学や大学院は、100年後に役に立つか立たないかということを学び、研究する場所だと考えています(「実学を教えろ」という暴論には「専門学校に行け」と反論したい)。私が大学生だった30年以上昔、真面目に学問しようなんて学生は5%以下(私調べ)でしたから、そこから300校も四年制大学が増えたことの意味がよくわかりません。アルトバックという研究者が日本の同族経営大学の特徴を10点挙げていますが、そのなかの1つが《学問・研究重視の文化はほとんどない》なのです。

そんなに大学要りますか? 大学が今の半分であれば、一校あたりの助成金は倍に増えて学費は下がり、返済不要の奨学金が増えます。AO入試などで学生を青田買いしなくてもいい。

まさか……と、SF的妄想が浮かびます。日本学術会議の任命問題を見てもわかるとおり、今は知性を蔑ろにする時代です。日本の平均的な知能レベルを下げ、学術研究の水準を落とすために、大学をどんどん増やしているのではないか……まさか、まさかね。