狩猟採集民のように走ろう!

狩猟採集民について学びながら、現代社会や人間について考えるブログ

33年前の自分を反省

歪んだコミュニケーション能力なんて……という私ですが

今年2月に、こんな記事を書きました。

正しい「コミュニケーション能力」というのはあるかもしれませんが、とくに若者から持て囃されるソレは、すぐさま消えゆく言葉をポンポンと繰り出す能力だろうと感じています。昨日の発言と明日の発言が矛盾していてもかまわないし、論理などおかまいなしです。流行はそうであっても、私はそんな風潮に与したくないと考えているのですが……数日前、このツイートを見てハッとしました。本投稿は懺悔です。

 

就職活動の話

1989年の話。まだぎりぎりバブルで「売り手市場」と言われた頃に就職活動をしました。大学院に行きたい気持ちもありましたが、ある業種の5、6社だけは受けようと思ったのです。

ちょうど、大学4年の夏は文学理論やポストモダンの本を読んだり議論をしているうちに隘路に嵌まっていた時期でした。絶対的なものを相対化したところに新たな権威が生まれ、それを相対化したところに新たな……という作業をしているうちに、たしかな価値観などなく「世の中はゲームにすぎない」という気分になっていました。ちょうどゼミの先生とも折り合いが悪い時期で、学問とは違う世界の空気を吸いたくもあったのです。

一番最初に受けた会社では、履歴書を提出したときに予備面接がありました。「大学でいちばん取り組んだものはなんですか」と問われ、堂々と「文学研究です」と答えました。バイトしたり飲んだり遊んだりもしましたが、嘘ではありません。結果は……不合格でした。履歴書を提出したついでの5分ほど予備面接で落とされるとは想像してなかったので驚きました。

学問なんて社会ではどうでもいいんだろう……と、私は戦略を変えました。面接では、徹底的に面接官を笑わせることにし、想定される質問を考えては、ウケそうなギャグを練りました。どうせゲームだもの。

「朝まで生テレビ!」とディベートと論破

ちょっと脱線して、時代について考えてみましょう。1987年に「朝まで生テレビ!」が始まり、学生の間でもよく話題になりました。西部進、宮崎哲弥、野坂昭如、舛添要一、猪瀬直樹ら言論人が興奮して討論し、視聴率が落ちそうな時間帯に大島渚がなにごとかをワーッと叫ぶのです。何時間話しても結論めいたものは出ません。その場限りの放談でした。出演者は電波芸者と揶揄されはじめます。

「ディベート」なる討論が始まったのもこのころです。私が最初にディベートを知ったのはやはりテレビでした。司会は栗本慎一郎と記憶します。10人以上いた学生をくじ引きで「原発賛成派」と「原発反対派」の2グループに分けたうえで、それぞれの立場の正当性を主張させ、優劣を決めていました。自分が原発反対派に振り分けられたらどうしようとモヤモヤしたのを覚えています。

ディベートが思考訓練であるのは理解しているのです。逆の立場でものを考えてみることは大事なことでしょう。しかし、多様な意見を持ち寄り合意点を見つけるのが民主的対話なら、ポジショントークで勝敗を決めるのゲームの域を出ません。ディベートとともに「論破」という言葉が増殖します(Amazonや国会図書館デジタルで単語検索すると「論破」が1990年代から増えるのがわかります)。テレビや、のちにネットでの意見対立は合意点を見つけることではなく、雌雄を決するものになっちゃいました。子供のころは、そういうのを口喧嘩と呼んでいた記憶があるのですが……。

2000年代に、安倍晋三政権において閣僚や官僚の詭弁や嘘や論点ずらしが横行し、熟議を経ず強行採決が増えたのも、これらの延長線上にあるのかもしれません。

ともかく、1980年代後半から1990年代あたりが、今に続くコミュニケーション能力重視の始まりではなかったと考えているのです。当時の私が「世の中はゲームにすぎない」という陰鬱な気分に陥ったのは、社会の風潮も影響していたかもしれません。

自分の軽口、反省します

就職活動の話に戻ります。

ある会社では、5人同時の面接で、「消費税をどう思うか」と問われました。私は今ほど政治に関心があったわけではありません。消費税は応能負担ではないと認識していましたが、一方で、「子供に1円玉持たせるのか」という紋切り型の批判を嫌悪していました。幼稚で、感情的ではありませんか。一緒に面接を受けたほかの4人は、口を揃えて「消費税に反対です。1円玉が増えるからです」と言いました。最後に回ってきた私は「消費税には賛成します。必要な税金なら徴収せざるをえません。1円玉が増えるのがイヤなら、10%にすればいい」と逆張りしました。本当は消費税反対なのに1円玉論法に反撥して、ついそう口走ったのです。面接官はアハハと笑いました。(帰りながら、消費税10パーセントでも1円玉がなくならないことに気づいて冷や汗を搔きましたけど)

別の会社では、やはり複数人の面接で、頭の回転を試されるような質問ばかりされました。「松田聖子と中森明菜のどちらが好きか」とか、どうでもいい質問です。「どんなタイプの異性が嫌いか」と訊かれ、みんなが真面目に答えるなか、「使い終わったサランラップを洗ってもう1度使う女です」と答えたら、面接官が椅子からずり落ちそうになるほど身をよじらせて笑いました。ある同級生(男ですが)はケチで、ラップを洗って再利用していると噂されていたのが、ふと頭に浮かんだのです。

売り手市場だったこともあるのでしょう、その後は、面接も筆記試験も1度も落ちることなく、最初に内定が出た会社に入社することになりました。

現在の自分は、与太よりも、たしかな知性を大事にしたいんですが、就職活動でおチャラけていた私はまさしく「すぐさま消えゆく言葉をポンポンと繰り出」していたのです。反省しています。

最後に2022年の私からひとこと。「消費税廃止!」