狩猟採集民のように走ろう!

狩猟採集民について学びながら、現代社会や人間について考えるブログ

ドキュメント映画『イカロス』

Netflixで『イカロス』(2017米国、監督ブライアン・フォーゲル)を見ました。

サスペンスものの映画や小説で、主人公が国家の命運を左右しかねない犯罪に巻き込まれる、というストーリーがあります。そんなことが現実に起きるんですね。

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自転車競技の王者ランス・アームストロング選手がドーピングをしていたことが発覚、監督ブライアン・フォーゲルはショックを受けます。アマチュアの自転車競技選手でもあるフォーゲルにとってアームストロングは憧れでした。6年で150回検査したのにすべて陰性だったという話も驚きです。

フォーゲルは、自分もドーピングを試みることにしました。協力者を探してたどりついたのが、モスクワのアンチ・ドーピング機関(WADA)所長グレゴリー・ロドチェンコフです。ステロイド注射の方法や尿検査をすり抜ける方法を教わり、フォーゲルはレースに臨みます……。

自分の身体を使い人体実験をする話かな、と見ていると、物語は急展開。

2014年にソチオリンピックでロシアが組織的なドーピングをおこなった、とドイツのメディアが報じました。

政治と関係ないとか言っても、オリンピックは国の威信をかけた代理戦争です。メダルのためには組織的な不正も働きます。事実、メダルラッシュとなったロシアは大会直後大統領の支持率がグングン上がり、調子に乗ったプーチンはクリミア半島に侵攻しました。

不正が明るみに出そうになり、身の危険を感じたロドチェンコフは渡米、フォーゲルと合流したのちに、ロシアの手口を暴きはじめました。動画で見る限り、ロドチェンコフは聡明で誠実なおじさんに見え、フォーゲルとの友情も感じられます。物語の詳細はネタバレになるので書けませんが、ロドチェンコフやその家族の無事を願うばかりです。

もうひとつ書いておきたいのは、ロシアの国家的犯罪が明るみになってもIOCバッハ会長は決してロシア選手団を排除しなかったことです。ほかにも、北京オリンピック開催が決定したあと、バッハは「大会をやるんだからドーピングの薬品を作るのをやめたほうがいい」と習近平に助言したことで、ロシアは自国製の粗悪な薬品に頼らざるをえなくなったという話も曝露していました。

オリンピックとは金儲けの場所。選手たちがフェアな条件で戦うことより大切なことがあるのでしょう。

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ロドチェンコフがジョージ・オーウェル『1984年』を読むシーンがあり、ダブルスピークという単語も何度も登場します。「戦争は平和なり。自由は隷従なり。無知は力なり」という有名なスローガンを知っていれば、最後のシーンがより理解できます。

今回のウクライナ侵攻で、プーチンはゼレンスキー政権をナチスと同一視し、「ナチスの汚れから祖国を解放する」と言っています。全体主義国家はダブルスピークを使うのです。ロシアでは「戦争」や「侵攻」と言うことは法律で禁じられ、「平和維持活動」と呼ぶというニュースも読みました。

日本も他国のことを言えません。敗走は転進、全滅は玉砕、敗戦は終戦、武器輸出は防衛装備移転、米軍機墜落は不時着、戦闘は武力衝突、シゴキはかわいがり……。公文書を改竄したり廃棄するところも、『1984年』の世界に似通っています。未読の方は是非。最初は退屈かもしれませんが、途中から読むのをやめられなくなります。