狩猟採集民のように走ろう!

狩猟採集民について学びながら、現代社会や人間について考えるブログ

恵方巻ってなんなんだ?

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↑写真は2019年
 

まず、2019年の本日

2019年の2月3日19時頃、たまたま隣駅の近くにいまして、エホー巻というインチキ行事(?)で荒稼ぎを目論むコンビニ、デパート、スーパー、京樽その他を急ぎ回ってチェックしました。なんてヒマな私。

数軒観察したところ、コンビニの恵方巻の賞味期限はすべてその日まで。スーパー等は翌日午前でした。つまり今日中に売り切らねばなりません。

何十年か前、「大阪では、節分に巻き寿司を一本丸かじりする変わった習慣がある」と、テレビで観たことがあります。家族で黙々と巻き寿司をかじっている再現VTRは、奇習を笑うような編集でした。ところが今や、全国でバンバン売れ、バンバン廃棄される、一種の年中行事になっているわけです。今の若者は、ハロウィン同様、大昔から続いている伝統だと思うかもしれません。

デパートの食品売り場に出ていたあるワゴン、「昔ながらの恵方巻」を謳っています。恵方巻の歴史について詳しいのかもしれません。「昔っていつで、昔ながらの恵方巻のスタイルがどんなものか、史料があったら教えて」と質問したかったけど、みんな忙しそう。

 

戦前から1990年

恵方巻の研究で知られる岩崎竹彦の論文を読んでないのですが、ネットでいくつか他の論文を読んだんです。以下は、沓沢博行「現代人における年中行事と見いだされる意味─恵方巻を事例として─」(『比較民族研究』23, 2009/3→PDF)を参考に書きます。

《すしの研究で名高い篠田統『すしの本』[引用者註:1970年刊]、節分と巻きずしの項》に以下の文言があるそうです。

大阪市立博物館の平山敏治郎館長から「ここへ来る途中、阿部野橋のすし屋の表に本日巻きずし有りという広告を見たが、なんのことかしら」という質問あり。美登利鮓の久保登一氏の返事に、節分に巻きずしを食べる風は大正初めにはすでにあった。おもに花街で行われ、ちょうど新こうこうが漬かる時期なので、その香の物を芯に巻いたノリ巻を、切らずに全のまま恵方のほうへ向いて食べる由。

ただし、論者はこれ自体が寿司業界で語られていた《伝統の操作》に基づいている可能性もあると書いています。

《文字資料として最も古いものは、大阪天満にある「本 福寿司」にて保存されている1932年(昭和7)発行》の大阪鮓商組合のチラシで、こう書かれているそうです。

巻寿司と福の神
節分の日に丸かぶり

この流行は古くから花柳界に、持て囃されていました。
それが最近一般的に宣伝して年越には必ず豆を年齢の数だけ喰べるように巻寿司が喰べられています。
これは節分の日に限るものでその年の恵方を向いて無言で一本の巻寿司を丸かぶりすれば其年は幸運に恵まれると云う事であります。
宣伝せずとも誰云うともなしに流行って来た事を考えると矢張り一概に迷信とも軽々しく看過すべきではない。
(中略)
一家揃って御試食を願い本年の幸運をとり逃さぬようお勧め申します。

大阪の花柳界あたりが発祥というのはありそうなことです。芸妓に黒くて太いものをかじらせて楽しむお座敷遊び、ありそうではないですか。いやだ、おじさんの助平。

戦後、大阪の一部の風習に目をつけたのが、1950年に結成された大阪海苔問屋共同組合でした。《海苔組合の取組がより積極的になるのは、岩崎[竹彦]の聞き書きによれば1977年(昭和52)になってからだという》。巻き寿司の早食い競争などが行われ、大阪ではそのころ《「伝統らしさ」を纏うことに成功した》そうです。

大阪って全国や東京都は逆張りする文化がありませんか。新田次郎『孤高の人』では戦前、東京と大阪の山岳界が対立していると書かれていました。「東京もしくは全国の名人が関根はんなら、大阪名人は坂田はんや」「東京もしくは全国が巨人ファンなら、大阪は阪神や」「東京もしくは全国のエスカレーターが右を空けるなら、大阪は左や」「東京もしくは全国が自民党に騙されるなら、大阪は維新に騙されまっせ」のような(関西弁はテキトーです)。東京もしくは全国の豆まきに対抗して、大阪オリジナルの節分の習慣として巻き寿司まるかじりが広まったというのは考え過ぎでしょうか。

1975年(昭和50)に、東京の海苔業者団体が、東京でも流行らせそうとしたのですが、まったくウケず、次に目をつけたのがコンビニエンスストアでした。

1989年(平成1)、大手コンビニエンスストアチェーン「セブン・イレブン」の広島県内の店舗の個人オーナーが、「出身の大阪ではこんなものを食べる」と提案し商品化。その売れ行きの良さから販売圏は徐々に拡がりを見せ、1988年(平成10)、ついに「丸かぶり寿司 恵方巻」という商品名で全国発売された。

広島に縁のある身としては歯痒いかぎりです。「恵方巻」という名称もセブンイレブンの商品名らしく、それ以前には確認できないそうです。《伝統の創作》はこれにて完。

 

ふたたび2019年の今日

ふたたび2019年の今日に戻ります。

閉店間近なのでしょう。あちこち見渡したところ、安売りが始まっています。短かめの太巻きが多いんですね。コンビニのは全部短かった。京樽は閉店時間を延長して半額セール。廃棄分を考慮しているのか、定価が結構高いので驚きました。トータルで黒字かもしれませんけど大量に余ることは避けられない。 最後は、もってけ泥棒か? デパートの食品売り場ではいくつかの店がワゴンを出して競っています。

太巻き丸かじりなんて楽しいとは思えませんが、30年くらい前に創られた伝統だと自覚して食べてみるのもいいでしょう。食品ロスが少しでもなくなるように願って私は1本買うべきでしょうか。いや、私は夜は糖質オフなのです。恵方巻なる習慣、災害と悪政が続いた「平成」とともになくなればいいのに。

節分は豆まきに限る。

大豆業界は巻き寿司関連業界やバレンタインデーで稼ぐチョコレート業界とちがい、なんだかんだ理由をつけて豆を押し売りしないところがえらい。豆まきのルーツは平安時代の追儺(ついな)という鬼払いの儀式。平安時代にゃ巻き寿司もチョコレートもあるめえ、べらぼうめ、と大豆業界は言わないのです。かっちょええ。