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惨事と祝賀──『オリンピック秘史』

ジュールズ・ボイコフ『オリンピック秘史』(早川書房)、たいへん面白い本です。著者は政治学者であり、元プロサッカー選手(アメリカ代表)とのこと。原著は2016年、邦訳(中島由華・訳)は2018年に刊行されています。したがって近代オリンピックの草創期から書かれる本書は、2016年リオデジャネイロ大会および2024年夏季大会の招致活動あたりで終わっていますが、日本語版への増補もあります。

商業化されたオリンピック

いろんなエピソードやオリンピックの変遷について書かれていますが、それらは本を読んでいただくとして、近年の商業化されたオリンピックについて──。 

1984年ロサンゼルス大会はオリンピックパートナープログラム(のちのワールドワイドオリンピックパートナープログラム)という制度が考案されました。大口スポンサーになれば、企業はオリンピックを象徴するマークの使用権を手に入れられるというものです。これにより大会の収入が膨れ上がりました。スポンサー契約が全体の45%を占め、放映権料は50%、入場券の収入は5%となったそうです(今回の大会もそのままだとすると、無観客ってそれほど損をするわけではありませんね)。

以後、オリンピック招致のやりかたは次のようなパターンを踏襲するらしい。

招致委員会は、市民や国民に「開催費はとても安くつく」と説明、最近は招致に際し「エコロジー」や「持続可能性」などの建前も使うそうです。IOCにはたっぷり裏金を渡します。開催地として選ばれたとき、盛られた経済効果が出てくるのもいつものこと。大会が近づくにつれ開催費はどんどん膨らんでいきます。施設建設のための強制退去や先住民の土地の強奪を行います。最近では、ロシアや中国はもちろん、民主主義国家であってもテロ対策などを理由に市民監視システムが強化されています。

祝賀資本主義と惨事便乗型資本主義

ひとがお祭り騒ぎで喜んでいるところを利用して稼ぐことを祝賀資本主義と呼ぶのだそうです。災害などに乗じて稼ぐ惨事便乗型資本主義と同じく、例外状態に乗じ、官と民が一体となり公金を懐にいれることだと説明されます。

 祝賀資本主義は惨事便乗型資本主義の優しい親戚のようなものだ。集団的なショックではなく、社会的な多幸感につけこんで発展するのである。この二一世紀には、景気の激しい浮き沈みや大不況があった一方で、祝祭の瞬間も訪れた──少なくとも、利益を追求する資本家の目から見ればそうだった。国際的な祝祭であるオリンピックは、メトロノームのように規則正しく開催され、政治的立場や社会階級にかかわらず、大勢の人びとを狂喜させる。(略)楽しい浮かれ騒ぎの裏には罠があって、一般の納税者はリスクを負い、民間企業は儲けをごっそり持っていく。

オリンピックで膨らんだ赤字はどうするのか? 税金でまかないます。デベロッパー、建設業界、スポンサー企業、広告会社、竹◎平◎、メディアなどなど、受益者には公金がジャラジャラ流れてくるというわけです。政治家への環流も当然あります。国民は、本来公共サービスに使われるはずの税金を一部の権力者や富裕層に掠め取られるばかりでなく、監視が強化されるなどの不利益をこうむるのです。

例外状態が重なる

まもなく強行される東京大会のことを考えてみます。

招致の手順は2020東京大会とて同じでした。猪瀬直樹元都知事が「世界一カネのかからないオリンピック」と胸を張ったけど当初予算7000億円は今や3兆円まで膨張(それ以上でしょう)、海外からの観客がないのでホテルなどには金が落ちません(とはいえ、もともとオリンピック開催都市を一般観光客は避けるというのが現実です)。しかし東京は監視社会にはならないだろうって?……都心部には監視カメラを増やしていて、大会後もそのままにするそうです。安倍晋三前首相が「これがないとオリンピックが開けない」と言って、議論が深まらないままテロ等準備罪(共謀罪)を強行採決したことも忘れてはいけません。

いや、しかし、それだけなら今までどおりの商業オリンピックと同じです。

今回は決定的に違います。なぜなら、終熄しないコロナの惨事とオリンピックの祝賀──例外状態が同時進行になるからです。かつてこんなことがあったでしょうか。

日本でも第五波が高くなりつつあるところ。惨事便乗型資本主義が進行中です。水際対策もせず感染経路も追わずアプリもつくれず補償も薄くワクチンも滞る日本のコロナ禍にあって、飲食店は体力を奪われて閉店を余儀なくされ、雇い止めなどで困窮する人たちがいます。一方、そんな状況下でも、使い物にならなかった布マスクやアプリに何百億もの公金が投じられ、政府に近いいくつかの民間企業は上前をハネて儲けているのです。

そこにオリンピックによる祝賀資本主義が加わるんだからたまりません。「緊急事態宣言下です。うちでテレビを見てください」と「外国人選手団、外国人プレスの方、ようこそ」と言うこのカオス。私はパラレルワールドを同時に見ているようでクラクラしますけど、オリンピック利権と同時にコロナ利権を持っている人は正気を保っているらしく、二重に稼ごうとしています。ジュールズ・ボイコフさんならどう評価するでしょうか。

人の命や健康を賭けた、とても壮大な社会実験です。国民は、二重の例外状態かつづく大会期間をどういう心理で過ごすのでしょう。冷静に観察することにします。オリンピック反対。

──東京オリンピックまであと11日。