村のはずれに赤鬼と青鬼が住んでいた。
青鬼は孤独を愛した。数学や天文学に通じ、詩作を好んだ。
青鬼は毎日のように訪ねてきて長居する赤鬼をうとましく感じていた。しかし拒絶するのは可哀想にも思われ、追い出したりしなかった。赤鬼に配慮してしまうのを、青鬼は自分の弱さと感じた。何度か居留守を使ったがそのたび必ず後悔し、後悔している自分をまた嫌悪した。
赤鬼は幼児性が抜けなかった。角を生やしているくせに金棒を振り回す膂力もない。浅慮で臆病で依存心がつよかった。青鬼を慕っているのは事実だろうが、面倒をもちこんだり愚痴をこぼすのは赤鬼ばかりで、赤鬼が青鬼の気持ちを汲むようなことはない。
青鬼は赤鬼と縁を切り、旅に出かけたかった。見てみたい場所もたくさんあった。しかし赤鬼を見捨てると思うとふんぎりがつかなかった。また、そんな自分を優柔不断だとも感じた。
ある日のこと。青鬼が数学の本を夢中になって読んでいるところに赤鬼がやってきた。そしていつものように「村人と仲良くなりたい」と駄々をこねじめるのである。歴史的事実にもとづいて、あれだけ「人間と鬼は仲良くなれない」と諭してきたにもかかわらず……。
青鬼は腹を立てた。ちょうど誰にも解かれていない数学の証明問題を解くアイデアがわきかかったところだったのに! 赤鬼のやつ、いつも俺に甘えてくるが、じつは俺よりも村人と親しくなりたいんだろう。そう考えるとますます癪に障った。人間なんてすぐに裏切るに決まっている。
不意にひらめいた。一本の補助線を引くことで幾何学の問題がすっきり解けるように、なにもかもが氷解した。赤鬼の望みをかなえつつ、旅に出たいという自分の希望を同時にかなえる方法を青鬼は発見したのである。
「よし、村人と仲良くさせてやろう」と青鬼は言った。
「ほんと?」
青鬼は計画を話し始めた。青鬼が人間の村で暴れているところに赤鬼が助けに入り、青鬼を殴って追い返す。そんな芝居をすれば、村人は感謝し、赤鬼を迎え入れるにちがいない。どうだ、いいアイデアだろう。──青鬼のアイデアに赤鬼は目を輝かせた。
もとより親切心から生じた思いつきではない。青鬼の計画にはやはり鬼らしい冷酷さがあった。青鬼はそのまま旅に出る。村人と仲良くなって喜んだ赤鬼は、しばらくして青鬼がいなくなったことに気づいて悲嘆に暮れる。一生忘れられない心の重荷となるはずである。
「さっそく明日実行しよう」
赤鬼を追い返すと、青鬼は鼻歌まじりに荷物を整理し始めた。