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デフォー『ペスト』

ペスト (中公文庫)

ペスト (中公文庫)

 

少し前のこと、ダニエル・デフォー作『ペスト』を読みました。実は同作者の『ロビンソン・クルーソー』を探していたんですが、そちらは書棚に見つからず……。

中公文庫版『ペスト』はしばらく品切れでしたが、新型コロナ禍のさなか重版されて四月に書店に並ぶと新聞記事で読みました。果たせるかな、きのう用があって入った小さな書店に平積みされていましたよ。隣に並んでいたカミュの同じ邦題の小説──デフォーのほうの原題は "A Journal of the Plague Year" で、カミュはずばり "La Peste" です──は、彼の哲学上のテーマ〈不条理〉をペストに仮託したものですが、デフォーは記録文学の趣です。

ただし、作者自身が見聞したことをそのまま書いているわけではありません。ロンドンがペストに見舞われた1665年、デフォーは5歳でした。作品が発表されたのは1722年です。訳者・平井正穂の解説によれば、一人称でロンドンの様子を語るH.F.なる馬具商人はデフォーの伯父ヘンリ・フォーがモデルらしい。その他、いろんな記録を接ぎ合わせて、リアルタイムな見聞記さながらの文章を仕立てたのでしょう。

宮廷や金持ちが連なって町から逃げていき、残された人々は次々にペストにやられていきます。混乱のさなか、政治、教会、貿易はどうであったのか、そしてペストとはいかなる病気なのか……。主人公は多面的に、かつ冷静にペストの被害を記録します。

ちなみにペスト菌を北里柴三郎やアレクサンドル・エルサンが発見したのは1884年です。デフォーが本作を書いた時点では、人獣共通感染症という認識もなかったらしく、ヒト - ヒト感染という語られ方でした。ペストの流行は6月あたりから始まり秋口に減少へと転じ、12月くらいに人が戻りはじめ、翌年2月くらいに終熄したとのこと。

主人公はロンドン市当局の対応を概ね評価しているようです。政治家は市内から逃げ出さないことに決め、何十人かは犠牲となりました。当局はパンの価格を高騰させず、犯罪者を取り締まり、死者を手際よく集団埋葬した、などと作者は書いています。取り残された貧乏人にも義捐金や喜捨、また今でいうボランティアがあったという話は、キリスト教社会の良い面を感じました。

ところで……新型コロナウイルスの対応、専門家会議の議事録やおのおのの対応はきちんと記録され、のちに検証されるのかなあ、とつい考えてしまいました。ロンドン市は食糧を絶やさないように配慮したそうですけど、マスク2枚をろくに配れない日本政府、本当に大丈夫かな?