狩猟採集民のように走ろう!

狩猟採集民について学びながら、現代社会や人間について考えるブログ

未開社会の育児

ちと忙しく、ほかに読む本もあるのでなかなか読み終わらないジャレド・ダイアモンド『昨日までの世界』。まだ上巻だけです。

著者は、伝統的社会と現代社会を比較することで、本来の人間社会とはなんだったのか、現代の常識は本当に正しいのか、などを考察しています。その態度は私が狩猟採集生活のレポートを調べる理由と重なります。『昨日までの世界』には何度か触れることになるでしょうが、まずは狩猟採集民の子育てについて。(だ・である調で書きます)

 【出産間隔】移動性の狩猟採集民は農耕民に比べて出産間隔が長い。幼児は4歳くらいまで大人と同じ速さで歩けないためその期間は妊娠しない。離乳年齢は農耕社会より高く、4歳に達する社会もある。
母親は「授乳性無月経」という生理現象により妊娠しない。ただ、それは授乳の頻度が高い場合である。授乳回数が少ない現代の女性は懐妊するらしい。
伝統的社会で、小さな子供を抱える母親が次子を生んだ場合、嬰児殺しをすることもある。クン族の場合、子供の人生は名前をつけて村の一員となるまでは人生が始まったとは考えない。したがって生まれたての子供を殺すのは殺人ではないという。
 
【授乳の頻度】伝統的社会では赤ん坊がほしがるたびに授乳するのが一般的である。クン族の調査では、日中、授乳と授乳の間は平均14分、そのたび赤ん坊は2分間おっぱいを飲む。夜は母親は最低2回目を覚ます。赤ん坊が最低数回、勝手に母親のおっぱいに吸いついている。
 
育児方法】現代社会と違い、赤ん坊と母親が別々に寝る例は見られない。現代アメリカは、赤ちゃんと母親が別々に寝ることを推奨している。母が寝返りを打って赤ん坊を窒息させるという理由であるが、狩猟採集生活ではそのような例は報告されていない。硬い寝床なので、寝返りのさいにできるマットの窪みに赤ちゃんが落ちないから。
とはいえ、養育は母親だけのものではない。とくに母親の採集が重要な社会になるほど父親は養育する傾向にある。また、小規模血縁集団の狩猟採集社会では、アロペアレンティング(代理養育)もさかんである。あるピグミーの集団では、1時間に7、8人の大人が赤ん坊の面倒を見ていた。
 
体罰】西欧社会では体罰に関して考え方が違う。スウェーデンのようにお尻を叩くことすら児童虐待とされ刑事告発の対象となる社会から、ある程度許される国までさまざまである。
伝統的社会にも、体罰する集団としない集団に分かれるが、ジャレド・ダイアモンドは、おおまかに生業形態によると言えるだろう、と書いている。
狩猟採集民の小規模血縁集団は、最小限の体罰しかおこなわないことが多い。対して、農耕民の社会はある程度の体罰をおこない、牧畜民は体罰する傾向が強い。
狩猟採集民は所有物をあまり持たないから、子供がイタズラをしても他人の所有物に被害を与えることが少ない。ところが、農耕社会は所有物が多く、牧畜民にいたっては家畜のような財産価値が高い所有物がある。子供のイタズラが大きな損失につながることがある。
また、狩猟採集民は平等主義的であるが、農耕・牧畜社会は権力の個人差が顕著であり、性別や年齢でも権力の程度に差があるため、その違いを学習させるために体罰がされるという事情もある。
ほとんど体罰をしない狩猟採集民は、ピダハン族、アンダマン諸島人、アカ・ピグミー族、クン族など。ダニエル・エヴェレットが娘に体罰しようとしたらピダハンの大人たちが寄ってきて止めた、という『ピダハン』のエピソードが紹介されていた。
 
自律性】狩猟採集民の小規模血縁集団では子供の自律性を重んじていて、子供だからやってはいけないことはない。最終的に、親のいうことを少しは聞いたほうが自分のためになることを、子供は学習する。
 
性教育】社会が小さいので、子供たちは異年齢のグループを形成することになる。年少の子は社会性が養われ、年長の子は子供の世話を覚える。異年齢の男女混合集団であることは婚前性行為につながる。詳細な観察調査をおこなったすべての小規模狩猟採集社会で報告例がみられる。彼らは両親と寝起きをするため、性行為の知識がある。また、性行為のまねごとも遊びの一種である。
 
遊び】伝統的社会の子供たちは「ごっこ遊び」で大人のまねをする。狩猟、戦争ごっこ(農耕や交易などで豊かになり財産が増えると戦争をする)などをする。
教育と遊びに区別はない。
狩猟採集社会や小規模な農耕社会の子供の遊びは、他人と勝敗を競わないという共通点がある。彼らの遊びは、みなで分け合うことを学ぶものである。分かち合いを尊び、人より抜きん出ようとしないことに意味がある大人の社会のありようを子供に教えるための遊びなのである。著者は、ニューブリテン島カウロン族の子供たちがバナナを分配する儀式ごっこを紹介している。
 
結び=引用】

 現在、アメリカの一〇代の子どものあいだには、思春期のアイデンティティ・クライシスが蔓延している。しかし、これは、狩猟採集民の子どものあいだではまったくみられない問題である。狩猟採集民の子どもが、なぜ、このようにすばらしい特徴を持つ人間に育つのだろうか? 狩猟採集民やその他の小規模社会で生活した経験を持つ西洋人は、その理由を育て方のおかげだと推察している。(略)
 しかし、小規模社会の人間のほうが安心感や自律性を持ち、社会性を身につけているというのは、印象による説明にすぎない。(略)ただし、少なくとも、ひとつの結論だけは導出できる。その結論とは、われわれからみれば異質に感じる狩猟採集民の育児は、けっしてそれほど破壊的に展開するような育児ではなく、その育児によって子どもが成長するからといって、狩猟採集民の社会が一見して社会病質者(ソシオサイコパス)とわかる者ばかりの社会になるとはかぎらないということである。むしろ、狩猟採集民の育児は、大きな課題や危険に立ち向かう力と、生活を楽しめる心の持ち主を育てることのできる育児なのである。現代的行動を共有する人類には一〇万年近い歴史があり、狩猟採集民の生活習慣は少なくとも、その歴史に耐え抜いた生活習慣なのである。世界のいくつかの地域で農耕がみられるようになる一万一〇〇〇年より前の時代では、世界中、だれもが狩猟採集民だった。人が国家社会で暮らすようになったのは、たかだか五四〇〇年前の話である。狩猟採集民の子育ては、これほどの長きにわたって継続されてきた実験である。そして、その実験結果には、真摯に受け止め、検討する価値がある。

昨日までの世界(上) 文明の源流と人類の未来 (日経ビジネス人文庫)

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ピダハン―― 「言語本能」を超える文化と世界観

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