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『エデンの彼方』の感想(2/2) 二項対立と狩猟採集民

エデンの彼方

エデンの彼方

 

われわれは二項対立でものごとを考えます。

〈神/人〉〈善/悪〉〈男/女〉〈大人/子供〉〈西洋/東洋〉〈白人/黒人〉〈右/左〉〈金持ち父さん/貧乏父さん〉〈雇用者/被雇用者〉〈勝ち組/負け組〉〈右脳人間/左脳人間〉……ふたつに分けるのは思考の基本です。私も二項対立からスタートするしかない。たとえば、私は、自分をふくむ農耕民社会を考えるために、〈農耕社会/狩猟採集社会〉と対立させ、狩猟採集民を鏡にして自分たちの社会をとらえようとしています。

ヘーゲルの弁証法は……ちょっとうまく説明する自信がないので、ものごとの考え方や現代の諸問題のトレンドをわかりやすく整理した、石原千秋『教養としての大学受験国語』に助けてもらいます。その冒頭には《二項対立を使った思考の方法自体が「近代」的》であり、《現代の思想は、こういう思考の方法それ自体を相対化しようとしている》と書かれています。

どういうことか?  「近代」の考え方の基礎とした「二項対立」を相対化することで、現代は脱近代を企図する、ということです。私より少し上の世代なら止揚(アウフヘーベン)、私の世代なら脱構築(ディコンストラクション)でしょうか。

絶対的に見える対立軸はいずれ崩れ去るサダメですが、それでも石原氏は《「近代」を問い直す文章自体が、二項対立のレトリックを用いずには成立しない》と書きます。脱近代を目指すためにも、「前近代/近代」や「近代/現代」といった対立概念が必要になる。つまり二項対立の措定はいつまでいっても哲学的思考の基礎である、ということでしょう。私も、二項対立→相対化→二項対立→相対化→二項対立→、という反復が思考の自然な流れだろうと思っていたのです。

先日、東京大学入学式での、上野千鶴子によるスピーチ(全文)が話題になりました。〈男/女〉の二項対立から始まり、〈社会的強者/社会的弱者〉一般に敷衍する内容です。東大入学者はいちおう〈勝者〉ですが、上野氏は《あなたたちのがんばりを、どうぞ自分が勝ち抜くためだけに使わないでください。恵まれた環境と恵まれた能力とを、恵まれないひとびとを貶めるためにではなく、そういうひとびとを助けるために使ってください》と言います。〈勝者/敗者〉〈恵まれた人/恵まれない人〉〈男/女〉〈社会的強者/社会的弱者〉の対立で思考停止することなく、それを越えたところで生きていけ、というエールです。最後に出てくる〈メタ知識〉とは、絶対的な二項対立を上位のレベルで俯瞰し、相対化する思考のこと、と私は理解しています。(石原氏は『教養としての大学受験国語』において、上野氏が『増補〈私〉探しゲーム』で「自己/他者」を相対化したことを褒めていたっけ)

ところが。

ヒュー・ブロディは、狩猟採集民に二項対立はないと書くんです。

ドヒャーっとひっくり返りました。前近代的に見ても、〈神/人〉〈善/悪〉〈男/女〉なんて対立は存在していたはずだと思っていましたが……。

ヒュー・ブロディによれば、たとえば農耕民が〈人間/自然〉の二項対立をもとに自然を克服しようとするのに対し、狩猟採集民は人間と自然は相互依存するものだから分け隔てがない。そもそも生物と無生物の隔絶さえないそうです。〈男/女〉の対立もありません。男は狩猟に行き、女は採集します。食べ物を集めるという点では同じです(安定した食糧を持ち帰るのは女です)。農耕によって財産や相続などといっためんどうくさいものが生じ、夫婦制度にやかましい社会になり、〈男/女〉がはっきりしたと……。

二項対立の思考が生まれたのが農耕のせいなら、そんなものを相対化するために現代の知識人が日々格闘するのも農耕社会のせいといえるのです。

ああ、なんてこった。

農耕民のモノのとらえかたは演繹的です。原因があって結果があり、森羅万象は科学的で説明できるとされています。近代合理主義とは、すべてを理詰めに、とことん体系的にとらえようとすることです。

一方、狩猟採集民は、世界を帰納的に捉えます。雷も出産も物理学や生物学の現象でなくてもいい。地球が丸くなくたっていい。死と生の世界がつながっていたとしてもいい。彼らなりに納得できる説明ができていれば問題ないのです。

「二項対立がなかったり近代合理主義をわきまえないのは、狩猟採集民がバカだからだろ?」という意見が出てくるかもしれません。……いや、彼らは賢い。その頭脳は、土地の地理や動物や植物などの知識を得るためにフル稼働しているのです。

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