狩猟採集民のように走ろう!

狩猟採集民について学びながら、現代社会や人間について考えるブログ

『エデンの彼方』の感想(1/2)

【前回までのあらすじ】私は低炭水化物高タンパク食への切り替えや裸足ランへの共感により、人間本来の食性や生活に興味を持ちました。そこでいまなお古来の生活を続ける狩猟採集民が気になり、関連本をボチボチ読んでます。

エデンの彼方

エデンの彼方

 

《自分の意見を補強してくれる本》と《自分の常識を覆す本》があったとして、どちらの読書体験が楽しいでしょうか。前者は自分の気持ちをなぞってくれて気持ちいいけど、思考を掻き回してくれて刺戟的なのは後者です。価値観や人生を変えてくれる力がある。

最近、目から鱗が落ちるような読書が続いています。

ヒュー・ブロディ『エデンの彼方』を読みました。イギリスの文化人類学者にして記録映画作家である著者の、狩猟採集民族に関するレポートです。著者は30年にわたりイヌイットやインディアンの取材を続けました。アメリカ大陸の先住民の歴史と文化、現状などが描かれています。後半はとくに形而上学的な考察が加えられ、著者の高い知性が感じられます。

タイトルは旧約聖書『創世記』に基づいています。

『創世記』では、禁断の実を食べたアダムとイヴがエデンの園から追放されます。イブはカインとアベルを産みます。カインは農夫、アベルは羊飼いでした。カインはアベルを殺した罪でエデンの東にあるノド(ヘブライ語で「放浪」を意味する)に追放されます。その後、ノアの方舟などいろいろな挿話を経ながらカインの末裔たる農耕民は世界中に散らばるのです。

農耕民は定住すると考えられがちですが、人口増加が起きるため、余剰人口が開拓者となり移動します。ついにアメリカ大陸に到達したフロンティアは、牧畜民アベルを殺したように狩猟採集生活を送る先住民を殺し、あるいは彼らに耐性のない病原菌を運び込み、大陸を制圧しました。

タイトルは、エデンから遠く離れた場所まで進出した農耕民社会の、さらにその先でひっそり暮らす先住民というくらいの意味でしょうか。

本書に出てくるイヌイットやインディアンの歴史は本当に悲しい。

ある日、白人がやってきて先住民を殺し、あるいは駆逐して囲いをつくり、土地を占有しはじめました。白人は先住民を「進化途中の動物」と見なしたから虐殺しても黙認します。残虐行為が非人道的だと感じた西洋人も、たとえばヘーゲルでさえ進歩の過程の避けられない殺人だと容認したそうです。

イヌイットやインディアンには粗末なセツルメントがあてがわれ、英語教育など同化政策が行われます。多くの言葉と口承文化が失われました。農業を強いられたあげく消えた部族もあります。

20世紀後半になり、先住民は裁判を起こします。先住民が土地を不当に収奪されたことと訴えると、裁判官は「土地が自分たちのものだったという証文を見せなさい」と言ったそうです。そんなものあるわけがない。本来、白人たちのほうが、土地が自分たちのものであるという立証責任を負うべきなのに。近くに軍事施設をつくられ、飛行訓練の轟音で動物が少なくなったと訴えた裁判では「きみらは学位もないのになぜ動物のことがわかるのか」と言われたそうです。彼らほど土地の動物や植物を知悉する人々はいないのに。

私が子供のころは、映画・ドラマ・マンガ・絵物語に、未開の土地を探検する物語がたくさんありました。「土人」という言葉が頻出しましたし、少し前に書かれた本には「クロンボ」という表現もありました。彼らは白人を見つけたら即座に縛って焼こうとするし、文明人がライターを点けただけでひれ伏したりする。インディアンは幌馬車を猛然と追いかけて矢を射る。見てないけど、『食人族』なんて映画もありました。

しかし、『エデンの彼方』に引用されている文化人類学者コリン・ターンブルの文章を孫引きすれば、《彼らは人間として賞賛に価する特性をふんだんに発揮する。親切、寛容、思い遣り、情愛、誠実、もてなし心、同情、慈悲、等々。一見、たじたじとなるような美徳の羅列である。事実、これらが美徳だとしたら、出来すぎで鼻持ちならないだろう。ところが、狩人にとってこうした特性は美徳というより、むしろ、生きるための必要条件である。これがなければ、狩猟採集社会は崩壊する》。著者ヒュー・ブロディもそのことを追認しています。

私は高度な文明を持たない人について間違った認識を植えつけられていました。思い出せる限り、未開の狩猟採集民を好意的に描いたのは『はじめ人間ギャートルズ』と『ミラクル・ワールド ブッシュマン』でしょうか(ニカウさんを日本に連れてきて文明社会を見せたりしたことには違和感がありましたけど)。そちらのほうが正しかったのです。あ、『小さな巨人』も見直さなきゃな。

脱線します。

『はじめ人間ギャートルズ』の最終回は、ブンメーという男が稲を持ち込み、ゴンたちの部族に米の栽培をさせます。数ヶ月黙々と作業して、実りある秋がやってきますが、ゴンや父ちゃんはなにか釈然としない。そこへマンモーの群れが見え、オレたちはやはり狩猟するんだ、と走りだしていくのでした。

『エデンの彼方』に関しては書きたいことがまだたくさんあります。

次回に続く。