『文系と理系はなぜ分かれたのか』

文系と理系はなぜ分かれたのか (星海社新書)

文系と理系はなぜ分かれたのか (星海社新書)

 

 以前、「ランニングにもリベラルアーツや学際性を。」というタイトルの記事を書きました。リベラルアーツとは単なる「一般教養」ではなく、学問を横断的に往き来して社会や自分をよりよくするものではないか、本来、学問とはそういうものであったはずではないか、スポーツを考えるうえでも有効ではないか、という内容でした。
『文系と理系はなぜ分かれたのか』という本、軽い読み物ながら、学問の歴史をまとめてくれていて面白かった。私の認識をあらためてくれたところもあり、補強してくれたところもあります。
 
 ランニングとは関係ありませんが、面白かった話をひとつだけ──。
 2015年6月、下村博文文科大臣が「国立大学法人等の組織及び業務全般の見直しについて」というタイトルの通知を出しました。ネット記事からコピペすると、《特に、教員養成系学部・大学院、人文社会科学系学部・大学院については(略)組織の廃止や社会的要請の高い分野への転換に積極的に取り組むよう努めることとする》とあったため「文系軽視だ」と炎上、文科省は舌足らずの誤解であったと火消しする騒ぎになりました。
 同じことが、55年前にもあったらしい。

 一九六〇年三月には、岸信介内閣の松田竹千代文部大臣が「国立大学の法文系学部を全廃し、国立大学を理工系一本槍とし、法文系の教育は私学に委ねるべし」と発言して物議をかもしています。さすがにそれは実現しませんでしたが、次の池田内閣で閣議決定された「所得倍増計画」では、理工系の定員が大幅に増やされました。これらの議論が丁度、日米安全保障条約の改定に反対する学生運動の最中に行われたことは念頭に置いて良いと思います。デモに活潑に参加していたのは多くが「法文系学部」の学生たちであるとみなされていました。(『文系と理系はなぜ分かれたか』108ページ)

 なるほど、戦後の左翼運動をになった文系学生を、岸信介の孫である安倍氏の政権もいまだに恐れているのかもしれません。
 
 さらに、最近の日本の大学は専門学校化を目指しているようにも思えます。京都先端大学の入学式で、学長が「この大学はノーベル賞を受賞する人を育成する大学ではない。会社に入ったらすぐに英語がしゃべれて、専門分野ならば即戦力になる人材を育成する」とスピーチしたことが先日もニュースになりました。
 
 時代は200年遡ります。
 大学が専門職を重視し哲学を軽んじていた時期、カントは、大学の有用性(社会に直接役に立つこと)について、《たとえそれが一見政府や民衆の要望に応えるように見えても、実は根本的な部分で裏切りに等しいと(略)考えました。なぜなら政府が大学の諸学部に様々な権利を認めたのは、通常の官僚組織にも、民間の組織にもできないかたちで、社会に貢献させるためであったはずだからです。その一つが、学問を追究することでした》。1810年、ベルリン大学を創設したフンボルトは、国家からの「学問の自由」を掲げました。(『文系と理系はなぜ分かれたか』52〜54ページ)
 
 本書には、現代日本で、学際化(学問分野の区別を越えた横断化)が進んでいるとしたうえで、問題点にも言及しています。私はもちろん「学際化」を歓迎します。いい方向に進んでいると思いたい。
 しかし一方、権力による大学の自治への介入、即戦力を掲げる専門学校化、基礎研究をおろそかにする動き、大学生の学力低下、学費の負担が大きいことなど、大学にまつわる諸問題が気になります。最近、学生も大人も企業も、大学でなにを学ぶかではなく就職率で語る風潮がある。大学は金儲けを教えてもらうところではないのに。
 そんなんでいいのかなあ。