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金栗足袋について……『陸王』を読みました。

 池井戸潤『陸王』(集英社)の感想です。

 零細企業である老舗の足袋専門業者「こはぜ屋」の社長が、マラソン足袋「陸王」開発を思い立ち、社員はじめいろんな人と協力し合いながら悪戦苦闘するストーリーです。改良に改良を重ねた陸王を、怪我から復帰した実業団選手が履いてくれることになりますが、ライバル会社の妨害があったり、取引銀行から融資を受けられなかったりと、いくつもの障壁が立ちはだかるのでした……。
 さすが定評のあるエンタテイメント作家です。面白くて一気に読みました。何にしてもすんなり進まないところが魅力ですね。予定調和へ一直線じゃつまらないもの。
 装丁も素晴らしい。カバーは小説風ではないけど、悪くない。表紙の蓮の絵もいい。たぶん誰も気にしないんでしょうが、見返しと別丁扉の用紙の選定がみごとです。

 駅伝やフルマラソンのシーンもあり、盛り上がります。
 私に不満があるとすれば、ベアフット系シューズの魅力が期待したほど書かれていないことでしょうか。
 裸足系ランはフォアフット着地を促し「人間本来の、怪我しにくい走り方を実現できる」と説明され(エビデンスレベルはわかりませんが、そういう研究はあります)、薄いサンダルで山岳ウルトラレースを走破するタラウマラ族も紹介されています。
 でも、おそらくずっと踵着地だったであろう実業団選手が陸王に足をいれたときのファーストインプレッションや、フォームの変化なども読みたかった。そういえば、レース中の茂木選手の心理状態もほとんど書かれなかったような。私のないものねだりかな。著者が勝手な空想を書かない主義であれば、もちろん尊重します。

 マラソン足袋の歴史にもあまり触れられません。
 以下は、後藤正治『マラソンランナー』(文春新書)から得た知識です。
 のちに日本マラソンの父と呼ばれる金栗四三は、1912年、足袋を履いてストックホルムオリンピックを走りました。途中で倒れて民家に救われる結果に終わったものの、55年後、同地にに招かれ、ゴールテープを切りました。フィニッシュタイム54年8ヶ月6日5時間32分20秒3は世界一遅いフルマラソン記録だとか。ゴール時の写真を見ると革靴です。(余談ですが、『陸王』は金栗四三に「かなぐりしぞう」とルビを振っています。「しそう」と思っていましたが、どちらでもよいとの説も。55年後に発行されたストックホルムオリンピックでの完走証にも「Shizo」とありました)
 1936年、朝鮮半島が日本統治下にあったため日本選手としてベルリンオリンピックに参加し、優勝した孫基禎も足袋を履いていました。
 金栗は、東京ハリマヤ足袋店の主人・黒坂辛作とともに研究し、自転車のゴム底を貼った足袋を考案。1950年代はじめまで、日本人ランナーは「金栗足袋」を履きました。
 1951年、ボストンマラソンで広島出身の田中茂樹が優勝。足袋シューズでの快挙でした。レース後のインタビューでは《アメリカの記者たちはしきりに "魔法のシューズ" について訊いてくる。足先の割れた「金栗足袋」である。日本選手が国際大会で足袋を履いた最後のレースでもあった》(72ページ)
『陸王』のなかでは、こはぜ屋の先代がマラソン足袋の開発を試みています。1960年代のことだとすると、廃れた競技用の足袋を復活させようとしたのかもしれません。

 ハリマヤ足袋について検索していると、下記のサイトが見つかりました。

 ところで。
 裸足系ランニングだと自然にフォアフット着地になる、といたるところに書かれています。素足でも踵から着地する人を何人も見ているから私は信じてはいませんが……。金栗足袋がどんなふうに磨り減っているのか、画像検索したところ、はっきりわからず。金栗、孫、田中各選手のフォームもヒットしますが、フォアフットである確信は得られません。
 福岡国際マラソンHPのプレーバックをチェックしたところ、第3回優勝の古賀選手はたぶん足袋ですが踵着地に見えますね。

『陸王』のモデルになったマラソン足袋は「MUTEKI」です。私は試し履きしたことしかないんですが、好感触でした。いま履いているビブラム・ファイブフィンガーズがダメになったら購入します。

陸王

陸王

 
マラソンランナー (文春新書)

マラソンランナー (文春新書)