Amazonから届いた本のなかの一冊が、ナンバ歩きの礼賛と図解から始まっていました。書店で見かけて立ち読みしたら買わなかったのに、残念。
ナンバ歩きって……
その本にもありますが、ナンバ歩きは、右手(あるいは右肩か)と右足を同時にだす同側型動作だと説明されているんです。腕を振らず、身体をねじらない歩き方だと聞いたこともあります。以前、古武術の本をたくさん読んで、西洋型のスポーツとは違う動きがあるというのを面白く感じましたが、ことナンバ歩きに関しては懐疑的……はっきり言えばインチキだと感じます。
近世に来日し、日本人について書き残していた外国人はたくさんいます。彼らは、自分たちと違う日本の風俗や動きに驚嘆し、記録したのです。でも、私が読んだ限り、着物や下駄のせいで妙な歩き方をしているという記述はあっても、日本人が同側型動作で歩いているという記述を見たことがありません。谷釜尋徳「幕末〜明治初期における日本人の歩行の特徴について」という論文(日本体育大学紀要=PDF)は私より遙かにたくさんの文献にあたっていますが、やはりナンバ歩きをしていたといえる史料は発見できていないようです。
普段ナンバ歩きをするメリットあるのか?
ナンバは着物が着崩れない動きだと説明されることがあります。現代の俳優は刀をさしていても非ナンバ式の歩き方や走り方をします。走る場合、刀が揺れないように手で抑えています。江戸の武士もそれで不都合はないのではないかな?
近世の農民や漁民だって、着衣や歩く場所次第で歩き方を変えるかもしれませんが、半裸で平地を歩いたらナンバ歩きをしますか?
逆に言えば、洋服着ている私たちがわざわざ同側型動作で歩いたとして、どんなメリットが得られるのでしょうか?
ナンバ歩き(走り)の証拠として飛脚の写真が示されます。でも彼らは荷物を持っているし、(当時のシャッタースピードが何秒か知りませんが)立ちどまってポーズをとっているんでしょう? ポーズ即フォームとは限らない。
よく市民ランナーがカメラに対して横向きになり、片足立ちでランニングポーズをとります。あれを見て、同側型動作が本来自然なのだ、と力説するひともありました。たしかに左足一本で立っていたら、たいてい左手を前、右手を後ろに振ります。でもあれは、カメラのほうに向いて身体を開くのに安定しているからではないでしょうか。彼らが日頃ナンバで走っているわけではないんです。
江戸時代、飛脚などの職業人以外は走り方を知らなかったと唱える方もいます。そもそも走らなかったという方もあります。鬼ごっこの原型「ことろことろ」で遊ぶ子供たちは、みんな歩いて遊んでいたのでしょうか?
世界中の子どもは、教わらなくても非同側同型のハイハイをします。立ち上がり、歩くようになってから、日本だけ同側同型に変わるんでしょうか?
スポーツバイオメカニクスの研究では、スピードを上げるごとに骨盤と肩のラインの動きが近くなっていく、といわれています。であるならば、全速力のとき、骨盤と肩のラインだけを見ると「ナンバ走り」に近づくはずです。でも、腕は肩から遅れてついてくるので、足の振りと腕振りが同期するわけではありません。
偽史「江戸しぐさ」と似ている……
近代になり、西洋式軍隊の歩き方・走り方が導入され、義務教育の普及とともに、ナンバは消えたと説明されるのです。明治の動画を見たらなるほど徒手の人は西洋式で歩いています。
とはいえ明治だって和服姿が多かったし、大人は軍隊の訓練や学校の授業を受けてない人もいたのに、どうしてみんな急に西洋式になったのでしょう……? 江戸生まれの文人や、江戸研究の三田村鳶魚か誰かが「嘆かわしいことに、明治になって日本人の歩き方は変わった」と書いていないんでしょうか? 「ナンバから南蛮歩きに変わったよ」と誰かが川柳にしてないものか?
既視感があると思ったら、偽歴史の江戸しぐさにそっくりでした。江戸しぐさでは、江戸の伝統が途絶えたのは、江戸っ子が薩長によって大量虐殺されたと言うんです。ああ、こわ。
私はナンバのことをウソだと申しません。合理的に理解できないだけです。
ナンバ(この言葉は誰がつくったんでしたっけ)があったという史料はいまのところなく、着物が着崩れないなどの目的でナンバ歩きをしていたのだとしても歩き方として優秀かどうかわからない──が客観的事実だと思います。もしも、ナンバ歩きを裏づける史料がでてきたり、ナンバ歩きなら疲れにくいという研究結果が出てきたり、ナンバ走りで日本記録や世界記録が出たなら、簡単に宗旨替えします。
そういえば、坂を登るとき、右手を右膝に、左手を左膝に乗せて歩くのがナンバの動きであると言われます。しかしあれは日本人以外も自然にやることでしょう。なぜ外国人は上り坂であの歩き方をするのに、平地では同側型動作をやらないのでしょうか? 洋服を着ているから?
(間違えて本を買ってしまったショックで、つい長文を書いてしまいました)
動画がなかった時代ですから江戸時代の歩き方はわかりませんけど、坐りかたなら肖像画や写真でいろいろわかります。日本人が腰をおろす場所は板の間や地べた。坐り方はもちろん着物や履き物にも影響されます。
『日本人の坐り方』という本はおもしろかった。写真がたくさん掲載されています。むかしの日本人の足首はものすごく柔らかかったそうですよ。
ナンバという言葉が一気に広がったのは末續選手の発言でした。しかし末續選手は同側型で走っているわけじゃないんですよね。その件に関しては、以前触れました。