『パーフェクトマイル』を読みました。

『パーフェクトマイル』(ヴィレッジブックス)を読みました。
 日本人がなかなか突破できない「100m10秒の壁」について語るさい、よくこんなたとえ話が引き合いに出されます。
「その昔、1マイル(1.600m)4分の壁というのがありました。ところが、その壁をひとりのランナーがクリアした途端、あとに続く選手が出てくる。そんなもんですよ。日本人の誰かが壁をこわせば、続々と9秒台で走るランナーが現れます」……芋づる式ですな。白色人種初の9秒台が出たと話題になったクリストフ・ルメートルが9秒98で走ったのは2010年。その後、コーカソイドのランナーが続々と9秒台を出した、という話は聞きませんけど。それはともかく。
『パーフェクトマイル』は、1950年代、「1マイル4分」に挑んだ3人のランナーのドキュメントです。
 イギリス人のロジャー・バニスター。
 アメリカ人のウェス・サンディー。
 オーストラリア人のジョン・ランディ。
 誰が最初に記録を破ったか、予備知識なしで読めばもっと面白いでしょう(口絵の写真も見ないほうがいいかも)。残念ながら、私は知っていましたが。
 1マイル4分は、当時、エベレスト登頂と同じく人間には不可能な挑戦だと思われていたんだそうです。
 ザトペックからインターバルトレーニングを聞き出したランディは週5日も苛酷なインターバルを繰り返し、医師の卵バニスターは呼気を測定しながらトレッドミルでぶったおれるまで走る。大学生サンティは信頼できるコーチとともに練習するが、彼はタイムばかりでなくAAU(全米アマチュア競技連合)とも戦わなければならない……。
 最初に壁を破った選手は、気温やレース展開、トラックのコンディションなどの諸要素にも恵まれました。最初に4分を切ったランナーと、2番目になしとげたランナーの順序は、ほんのすこしの運で逆転したかもしれません。
 彼らのすさまじい練習を見ると、「ひとりが4分を切ったら壁を破る選手がつぎつぎに出てくるんですよ」なんてセリフ、単なる現象しか語っていないという気がします。彼らの履いたシューズ、走ったトラックは、今よりずっと粗末でした。今の選手が4分を切るのとは、条件が違います。
限界まで努力し、意識が朦朧とするなか必死にもがいて最後のストレートを走ったランナーたち一人一人に対して、私は敬意を払いたい。

 クライマックスは「奇跡の1マイル」と呼ばれるレースです。4分の壁を突破した、世界でたった2人の選手の直接対決。ライバルの様子を見ながら平凡なタイムで終わるようなレース展開でなく、自分たちのスタイルを貫いたデッドヒートとなりました。
 時代は陸上競技が商業主義に毒される少し前。つまり、彼らがアマチュアであったことを強調しなければなりません。勉強や仕事をし、恋をして結婚して、生活のためではなく、生活の一部としてハードトレーニングをしていました。多額の報酬のためではなく純粋に記録向上を目指していたのです。
 その姿が、マラソンを趣味とする私を大いに刺激したのでした。いや、あんなに追い込めませんけどね、私は。

パーフェクトマイル―1マイル4分の壁に挑んだアスリート

パーフェクトマイル―1マイル4分の壁に挑んだアスリート